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ロッテ伊志嶺翔大は、輝きは失わず。
最後は笑顔のヘッドスライディング。

posted2019/12/02 11:15

 
ロッテ伊志嶺翔大は、輝きは失わず。最後は笑顔のヘッドスライディング。<Number Web> photograph by Kyodo News

雨天中止時だけのお楽しみだった伊志嶺のパフォーマンスも見納め。来季からはコーチとしてロッテを支えていく。

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永田遼太郎

永田遼太郎Ryotaro Nagata

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Kyodo News

 2019年11月17日、ZOZOマリンスタジアム。

 千葉ロッテのファン感謝イベント「スーパーマリンフェスタ2019」で行われた伊志嶺翔大の引退セレモニー。

 涌井秀章、角中勝也といった同世代のチームメイト達が茶目っ気たっぷりに、伊志嶺に何かを促すと、おもむろにダイヤモンドを一周。雨もない、防水シートも敷いていない本塁に向かって、豪快にヘッドスライディングを決めた。

 試合開始直前や、試合途中での雨天中止時にだけ見せたお馴染みのパフォーマンス。湿っぽいことはせず、最後も和やかな雰囲気のまま自身の現役生活にピリオドを打ったのも彼の人柄によるところだろう。沖縄出身の彼らしい区切りの付け方のように思えた。

 ファン、選手、関係者、たくさんの人達の愛に包まれ、微笑ましいセレモニーだった。

忘れない、完成したばかりの応援歌。

 現役時代、筆者は彼のプレースタイルが好きだった。

 点差が離れた劣勢の試合でも自分の結果を欲しがらず、粘りに粘って四球を選ぶことを忘れなかった。味方が打ちあぐねているときも、ピッチャーの足元を抜く中前安打や、詰りながらもライナーで右前に落とすお手本のようなバッティングを見せて、なんとか試合の突破口を開こうとした。塁上に出れば、自慢の俊足で相手バッテリーに揺さぶりをかけることを怠らない。その姿は正に「フォア・ザ・チーム」。大学時代、彼が大学日本代表の主将を務めたのもどこか納得がいった。

 プロ入りは2011年。東海大学からドラフト1位でロッテに入団した。

 初安打も、初本塁打も、初のお立ち台も、このマリンスタジアム。

 その中で彼が一番の思い出として挙げたのが、初本塁打を放った2011年6月12日(対広島戦)の試合後、マリンスタジアム場外にある特設ステージで、完成したばかりの自身の応援歌を、集まった大勢のファンと共に聞いたことだった。

「そのときに本当にロッテの一員になれたんだなと強く実感し、とても感激した思い出が残っています」

 伊志嶺当人もこの応援歌をとても気に入っていた。

【次ページ】 華やかな1年目、ライバルも多かった。

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