Number ExBACK NUMBER
稲垣啓太、「0.166秒」の微笑み。
笑わない男とカメラマンの真剣勝負。
text by
近藤篤Atsushi Kondo
photograph byAtsushi Kondo
posted2019/11/15 20:30
首、肩、腕、脚、そして表情。日本を支えた稲垣啓太は、やっぱり大きかった。
「笑ってくれませんか」「無理ですね」
しかし、僕もプロのカメラマンである。これでもその昔、気まぐれで有名だった20歳前の中田英寿に、カメラに向かってアカンベーをさせたことだってある。さて、ガッキーをいかにして笑わせるか? まあとりあえず、笑ってください! と1000回ぐらい頼むか。
Wくんの考えた作戦はこうだった。稲垣選手は当日、堀江選手と福岡堅樹選手のおふたりと文藝春秋にいらっしゃいます。3人一緒のスリーショット、稲垣選手を真ん中に挟む形で写真を撮れば、もしかしてご本人もリラックスして笑っていただけるのではないでしょうか?
Wくんは立派なご両親の元で愛情に恵まれて育った好青年である。家族写真の中ではいつもみんなが微笑んでいる、そんな家庭で育った素直で屈託のない青年というのは、笑わない男は周りに人がいればいるほどさらに笑わなくなるということを、基本的に理解できない。
Wくんの企みは失敗に終わる。
当日、インタビューを始める前、僕は文春ビルの会議室に3選手に集まってもらい、計画通りにガッキーを2人が挟む形で立ってもらった。シャッターを押す。ガッキーは笑わない。
笑ってくれませんか、と僕は頼む。無理ですね、とガッキーは答える。両隣の2人に、ガッキーを笑わせてもらえませんか、と頼む。そんなん無理でしょ、と右隣の堀江翔太は答える。そのやりとりを聴きながら左隣の福岡堅樹は、これ以上素敵な笑顔はないような笑顔で笑い続けている。
しかし当のガッキーは押しても引いても、ビクともしない。さすが日本最高のプロップ、アイルランドにもスコットランドにも押されなかった男である。だんだん虚しくなってきて、5分ほど粘ったのちにこの作戦はやめた。
わずかに微笑んだ、ように見えた。
チャンスがあるとしたら、1対1の撮影だろう。そう考えた僕はガッキーとビルの屋上に移り、そこで再び写真を撮り始めた。もう、笑ってくれませんか、とは頼まない。ただひたすら、渋目のガッキーを撮り続ける。黙って雨模様のビルの屋上に立つ巨漢の男。休日の紀尾井町、灰色の空、静かなオフィスビル街、鳴り続ける無機質なシャッター音、ガッキーは徐々に油断してゆく。
白雪姫の継母は何食わぬ顔でリンゴを差し出す。カメラマンはシャッターを押し続けながら、まるで急に思い出したかのように仕込んでおいたセリフをぽそりと口にする。
「ガッキーって、僕の周りの女の子たちにものすごーく人気があるんですよ。なんでですかね?」
これは僕の作り話なんかではない。実際ガッキーは女性にとても人気があるのだ。某テレビ局の某美人アナウンサーが、「ジャパンの中で一番カッコいいのはガッキー!」と断言したときなんか、僕は途方も無い敗北感を感じたものだ。
ガッキーはわずかに微笑んだ、かのように見え、僕はその1分後ぐらいに撮影を終了した。