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稲垣啓太、「0.166秒」の微笑み。
笑わない男とカメラマンの真剣勝負。
posted2019/11/15 20:30
text by
近藤篤Atsushi Kondo
photograph by
Atsushi Kondo
ほぼ2週間が経った。
ラグビーワールドカップが終わってから1週間ほどは、俺、もしかしてマジでヤバイか? と心配になるほど、なんだかものすごく疲れていた。内臓も、脳みそも、背中の筋肉も、網膜も、全てがすり減っていた。
なんでこうなの?
理由がわかったのは、ある日こんな話を聞いた時だ。
「なんか、編集者も、ライターの人も、みんなものすごく、シャレにならないくらい疲れがとれないらしいですよ」
仕事で関わった人たちだけではない。行きつけの美容師さんまで、なんかずっと疲れが抜けなくて、とぼやいていた。
そうか、ワールドカップでボロボロになったのはどうやら選手だけではなかったようだ。1試合で交通事故数回分の衝撃を受けるプレーする側とは比較にならないけれど、観る側も毎週末全身の筋肉をパキパキに固まらせて、興奮度マックスでニッポン、ニッポンと叫んでたら、そりゃあまあ確かに疲れるはずだ。
今現在発売中のNumber PLUS「桜の証言」はそのラグビーW杯総集編だ。ジャパンの敗戦から2日後に撮影とインタビューを担当させてもらったガッキーこと稲垣啓太選手の記事が載っている。
敗戦の翌日だった。編集部のWくんから電話が入って「明日空いてますか?」と聞かれた。僕はその時、世田谷区三宿にあるお寿司屋さんでコハダだったか、車海老だったかの握りを食べていた。
空いてます、と答えると、「稲垣啓太選手の取材できそうなんで準備してください!」とのこと。いい、ガッキーかよ! 三宿で寿司なんか食べてる場合ではない。ガリを二、三枚口の中に放り込んで、お勘定を済ませた。
どうやってこの男を笑わせてやろうか。
そこからおよそ15時間ほど、ひたすら考えたのは、どうやってこの笑わない男を笑わせてやろうか、ということである。
編集部との電話から遡っておよそ24時間前、南アフリカに敗れた試合後、ほんの1、2分間のことではあったけれど、ガッキーが仲間と抱擁しながら涙ぐんでいる光景を、僕は望遠レンズ越しに見ていた。
笑わない男は泣かない男でもある。
チームが会場内を1周し、スタンドに向かって挨拶する頃には、ガッキーはいつものガッキーに戻っていた。バックスタンドのところへ1人で歩いてきた彼に声をかけ、そばを通り過ぎた堀江翔太選手とのツーショットをお願いしても、ガッキーは無表情に背番号2に右の手のひらを差し出しただけだった。
堀江選手はニヤッと笑い、そんなガッキーの左胸、ちょうど桜のエンブレムのあたりをポンポンと叩いてメインスタンドの方へと歩き去って行った。どこまでもクールに決める男である。