プロ野球亭日乗BACK NUMBER
「敗れる怖さ」を知る阿部慎之助。
引退は巨人の伝統を引き継ぐために。
posted2019/09/26 17:00
text by
鷲田康Yasushi Washida
photograph by
KYODO
阿部慎之助は巨人のレジェンドを引き継ぐ選手である。
それは2015年のクライマックスシリーズだった。ペナントレースでヤクルトにリーグ4連覇を阻まれ、起死回生の日本シリーズ進出をかけたリターンマッチ。第1戦を4対1で競り勝ったが、その後はあれよあれよという間の3連敗であっさり夢は絶たれた。
「この悔しさをどこにぶつけたらいいのか分からない」
敗退が決まった第4戦の試合直後に阿部は、憔悴した表情でこう吐き出した。
貧打に泣いたシリーズ。敗れた3試合の得点は0点、0点、2点といずれも打線がヤクルト投手陣に抑え込まれての黒星。その中でただ一人だけ、必死の形相で気を吐き続けたのが阿部だったのである。
4試合の打撃成績は16打数で実に11本の安打を放ち、打率は驚異の6割8分8厘を記録した。そしてもう一つ、このときの阿部のバッティングで異常だったのは、本塁打はおろか二塁打も含めた長打が1本もなかったことにある。11本の安打は全てシングルヒットだった。
「オレが何とかしなきゃいけない」
「オレが何とかしなきゃいけないって、必死にちょこちょこやったんだけどね」
後に「何であんなバッティングをしたのか?」と直接、本人に聞いたときに、阿部はこんな風に話していた。
「あとで冷静に考えたら、オレなんかがヒット狙いをしていたら、相手はちっとも怖くなかったはずなんですよ。でも、それぐらいにこのまま負けたら大変なことになると思ったんだろうね」
いまの時代にアナクロかもしれないが、巨人とは常勝を義務づけられたチームである。勝つことが当たり前で、勝利こそが唯一の目標であることが、巨人が巨人たるアイデンティティーで、そのことはどの選手も理解している。