マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
全力投球“しない”奥川恭伸の技術。
彼の1球は他の投手の1球とは違う。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byHideki Sugiyama
posted2019/08/22 07:00
この夏のスターとなった奥川恭伸。彼の投球には、目立つものから地味なものまで、あらゆる技術が駆使されている。
全ての球が全力なわけではない。
この打者なら7割の力加減でだいじょうぶ。そう判断したら、7割のボールで打ち取る。
この打者はスライダーが弱いと見ると、まずそのスライダーで厳しいコースを突いて打者にプレッシャーをかけておき、あとはボールゾーンに誘い球を配して、焦る打者に手を出させる。
いつも全力投球じゃない。無駄球を投げない。だから、エネルギーロスが最小限に抑えられ、終始スイスイと投げているように見えた。
「全力」じゃない、という見立てにもし本人が不満なら、「力を入れすぎない全力投球」と言い直してもよいだろう。
力いっぱい投げない代わりに、打者を観察し推理し、用心深く投げる。パワーだけじゃない、頭脳と感性も総動員させて、全部合わせて「全力投球」。
だから94球で済んで、肩、ヒジ、腰にもそんなに負担を残さず、9イニング投げきれたのではないか。
「全力」という言葉の本当の意味。
そもそも、投手の肩、ヒジの故障は、投げた球数そのものより、投げ方がよくないことと、なんでもかんでも力いっぱい投げてきたこと。そちらのほうが原因であることが多い。
「投げ方」についてはいつか触れることにして、なんでもかんでも力いっぱい投げること、つまり「全力投球」の意味に一考を加えてみる時期じゃないかと思う。
全力疾走、全力プレー、全力投球……。
「全力」という言葉は美しい。
全力疾走、全力プレー、そこまではよいが、「全力投球」というヤツには軽率に飛びついてはいけないように思う。
全力投球とは、最初の1球から最後の1球まで力いっぱい投げることではない。ここ一番の場面で、渾身の力を込めて投げ込むことをいう。
そこを間違えると、体を壊すことになりやすい。