マスクの窓から野球を見ればBACK NUMBER
全力投球“しない”奥川恭伸の技術。
彼の1球は他の投手の1球とは違う。
text by
安倍昌彦Masahiko Abe
photograph byHideki Sugiyama
posted2019/08/22 07:00
この夏のスターとなった奥川恭伸。彼の投球には、目立つものから地味なものまで、あらゆる技術が駆使されている。
奥川が持っている、投手としての技術。
力を加減して投げる……のとはちょっと違う。たとえば7割のパワーで投げるなら、残り3割のエネルギーを、打者を観察し推理し用心深く投げることに使う。
次のボールは打つ気がないなと読めば、6割のパワーでストライクを投げる。
この打者のタイミングの取り方なら真っ直ぐ狙いだなと見抜ければ、カーブかスライダーでカウントを作る。
3点リードがあれば、ランナー2人許すまでは丁寧に7割、8割のパワーで投げる。
まさに、旭川大高打線を94球で完封した日の奥川恭伸のピッチングだった。
これは「技術」だ。投手という職分として、当然持っているべき技術だ。
お相撲さんも大きな体で押すばかりの取り口では故障も多く、勝ち星も上がらない。そこに投げ技があり足技があるからこそ、長い時間土俵に上がれて、成績も地位も上がろうというものだ
相手のタイミングを外すことの快感。
スポーツとは、パワーとスピードと技術であろう。
今の野球は、あまりにもパワーとスピードにばかり目を奪われてはいないだろうか。
150キロ投げた投手に向かって、次の試合では160キロを目指しますか? と問う人がいる。冗談じゃない、今日のピッチングができたのは、130キロのスライダーと110キロのカーブがあったからだ。
そりゃあ150キロ投げ込むのも痛快だろうが、もう一方の「投げる痛快さ」は打席の打者と向き合い、狙いを察して、その逆を突いてタイミングを外し、フルスイングをさせずに打ち取った時の快感であろう。
そこが「ピッチング」のいちばん面白いところだ。