格闘技PRESSBACK NUMBER
蘇る「ベビーフェイスとヒール」構造。
G1優勝の飯伏幸太とジェイの新時代。
text by
行成薫Kaoru Yukinari
photograph byEssei Hara
posted2019/08/20 11:30
新日本は、「ベビーとヒール」という黄金の「基本構造」で戦う飯伏幸太とジェイ・ホワイトの時代に突入か!?
これまで主役になりきれなかった飯伏。
これまでも、数々の実力者がジェイのペースに呑まれて苦杯を嘗めてきた。飯伏もまた蟻地獄にはめられていたものの、逆に、完全にペースを握らせてもいなかった。飯伏を踏みとどまらせていたのは類稀な身体能力でも天才的な閃きでもなく、「諦めない」という強い覚悟だったのではないだろうか。
思えば、あれほどの実力を持ちながら、飯伏は物語の主役になれずにいた。昨年のG1決勝でも、エースの復活という「棚橋の物語」の引き立て役にされてしまった。本来ならトップ戦線の中心にいてもおかしくないのだが、飯伏は今一歩、あと一歩、というところに居続けた。それだけに、G1に懸ける思いは、出場者の誰よりも強かったはずだ。試合中の表情にも、その思いが滲み出していた。
逆風が吹く中、飯伏は気持ちを前面に出して向かっていく。観客の声援を背に受け、雄叫びを上げて自らを鼓舞し、ジェイに、一つ、また一つと技を決めていく。物語にはいろいろな展開があるが、人はどこかで「正義は勝つ」という勧善懲悪ストーリーに期待してしまうものだ。会場を埋めた観客のほとんどが、飯伏の勝利を期待していたように感じた。
技を受けても諦めずに立ち上がり、ようやく握り返した流れ。カミゴェの体勢に入った飯伏に、この日一番の声援が集まった。だがそれは次の瞬間、悲鳴に変わる。ジェイがカウンターのブレードランナーを決めてみせたのだ。それも、これ以上ないほどの角度で。
さすがの飯伏もやはり……と思いきや。
なんとか立ち上がって泥臭くカミゴェを狙う飯伏だが、ジェイがことごとく潰し、逆に投げ技を畳みかけ、再びブレードランナーを狙う。飯伏がずるずるとジェイの必勝パターンにはめられていく。
事実は小説より奇なり。現実の世界では、期待するようなお約束の結末には至らないことの方が多い。この世界は不条理だ。ヒールは不条理の体現者である。飯伏もまた――。そんな空気が、会場全体に漂い出した。
だが、飯伏は懸命に技を返し、ついにジェイの固いディフェンスを打ち破って膝を叩き込む。体勢不十分とはいえ、立て続けにカミゴェを二発。それでも一度はフォールを返したジェイの執念には戦慄さえおぼえたが、最後は、膝サポーターを外し、両手首をがっちりとロックしてからの正調カミゴェ。さしものジェイも、ついに沈んだ。