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川井梨紗子が見せた敬意と執念。
吉田沙保里、伊調馨の壁を超えて。
text by
矢内由美子Yumiko Yanai
photograph byMiki Sano
posted2019/07/10 17:00
取材エリアでは涙を見せた川井梨紗子。伊調馨とのプレーオフを制し、東京五輪の座を懸けた戦いに挑む。
パワハラ問題で指導体制が変わる。
昨年2月、長年指導を受けてきた栄和人氏の伊調に対するパワハラ問題が勃発し、それに伴って指導体制が変わっていた。
そこへきて、復帰してわずか2カ月の伊調に敗れたのである。失意は推して知るべし。実際、「レスリングを辞めることも本気で考えた」と川井は述懐する。
けれども、家族や周囲の温かい応援で立ち直り、年が明けて少し経った頃、62kg級で戦う妹の友香子にこう告げた。
「やっぱり友香子と一緒にオリンピックに出たい。しんどいと思うけど、また頑張るよ」
負ければ東京五輪が絶望的。
覚悟を決めて臨んだ6月の全日本選抜。負ければ東京五輪がほぼ絶望的となる試合で勝利を収めて、どうにか五分の状況へと持ち込んだ。
こうして迎えた今回のプレーオフ。最終スコア3-3という中で勝敗を分けたのは「ビッグポイント」と呼ばれるルールだった。1ポイントが3回だった伊調に対し、川井は2ポイントと1ポイントが1回ずつ。第2ピリオドに伊調のタックルを返してバックを取り、1-1から3-1としたときの2ポイントがものを言ったのだ。
ここに川井の成長の跡が見えた。川井は3-2とリードしていた残り10秒から、伊調の猛烈な攻撃を受けたが、気持ちで引かなかった。残り3秒となったところで足を取られた瞬間も、頭の中は冴えていた。
「2ポイント取られたら負けるけど、1ポイントなら勝つと分かっていました」
マットの端の付近でタックルを受けた川井は、時間を使うように場外に押し出されていった。これまでならあまり聞こえていなかったという、母・初江さんの声援や、セコンドについていた友香子の「引くな! 構えを崩すな!」の声もしっかり聞こえていたという。