「考え方としては、絶対にいつか打たれるってことです。だったらどこで打たれるか。あそこは最終回の先頭でランナーがいない、点差もある。半分は打たれてもいい場面なんですよ。だから、次のために試しておこうというスライダーだったんです」

　初球、145kmのストレートが高めに外れた2球目、松坂はスライダーでストライクを取りに来た。132km、真ん中低めのスライダー。イチローがバットを振り抜く。センター、バックスクリーンのすぐ左に飛び込むホームラン――マウンドへ歩み寄った中嶋に、松坂は『甘かったですか』と訊いた。このとき中嶋は『いや、そんなことはなかった』と答えている。

「まぁ、僕の中では打たれるかもしれないと思っていましたから、それで『いや』と言ってあげたんじゃないですかね（笑）。でも実際、そんなに甘くはなかったですよ。打ったところからもうちょっと曲がるはずだったんで、あの軌道のままだったら、捕るところはそんなに甘くなかったと思うんです。ただ、イチローが好きなインローに入ってきた。

　じつはその直前の第3打席はスライダーでイチローをサードへのファウルフライに打ち取っているんですが、あれこそが狙った高さでした。スライダーを敢えて高めから真ん中へ入れたんです。今で言う、高めのカットボール。それが詰まってサードへのファウルフライに終わったとき、この角度で入ってくれば抑えられるとは思いました。ただ、これが低く来たら打たれるなと思って……だから高く来いよ、低く来るなよと思っていたところに、あ、来ちゃった、打たれちゃったって感じです」

松坂の名言にイチローは笑っていた

　思えば初対決で3三振を取った日、松坂はお立ち台で「自信が確信に変わりました」と名言を残した。その言葉を伝え聞いたとき、イチローは「あれくらいで確信なんて早すぎるんだよ」と笑っていた。だからイチローはホームランを狙った。若き日の松坂に、さらなる進化を促すために――。

イチローに本塁打を打たれてがっくりする松坂大輔　©JIJI PRESS

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