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1勝1敗、次の勝負に五輪が懸かる。
伊調馨と川井梨紗子の最終決着。
posted2019/06/21 11:30
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph by
Miki Sano
一方に恐怖心、一方に勇気を乗せて天秤がゆらりゆらりと揺れていた。
あと少し勇気を乗せれば、均衡を保った天秤は大きく傾くはずだ。だが、もし手元が狂えばすぐさま命取りになる。
伊調馨と川井梨紗子、いずれも五輪金メダリストの両者がしり込みするほどの緊張感。激しい組み手争いを展開しながらも独特の静けさが漂う。2人の心中のせめぎあい同様に、マット上での試合の流れも序盤は均衡を保っていた。
6月16日に行われたレスリングの全日本選抜選手権最終日。女子57kg級決勝は、東京五輪代表決定戦と言ってもいい極めて重要な試合だった。
戦うことが怖かった半年前とは違う。
東京五輪代表は、今年9月の世界選手権でメダルを獲れば内定する。その世界選手権に出るための選考大会が昨年12月の全日本選手権と今大会の2つで、どちらも同じ選手が勝てば無条件で代表決定、優勝者が異なる場合は後日プレーオフが行われる。
女子の他の階級もそうだが、伊調と川井のレベルを考えれば世界選手権でメダルを獲り逃す確率は低く、選手や関係者の認識は「今年の世界選手権代表≒東京五輪代表」なのである。
となれば12月の決勝で伊調に負けている川井にはもうあとがない。そして、振り絞った勇気を秤の上に乗せたのは川井だった。
第1ピリオドの1分30秒過ぎ、マットに突き刺さるような低い体勢で伊調の足元に飛び込んだ。これは空振りに終わったものの、両者を通じて初めての大きなアクション。思い切りタックルを繰り出したことで、ずっと縛り付けられていた恐怖心も振り払えたように見えた。
「半年前は戦うことが怖かった。すごく恐怖心があって勇気が出ないまま6分間が終わった。どれだけ長くても、苦しくても6分しかない。残り1秒になってから勇気を出しても意味ない。ここで出し切らないといけないと思っていた」