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ハミルトンにベッテル、プロストも。
不死鳥ラウダを追悼したモナコGP。
text by
尾張正博Masahiro Owari
photograph byGetty Images
posted2019/06/02 17:00
ラウダ(左)の誘いでメルセデス入りしたハミルトンは2014年に王座に。その後も通算5度までタイトルを積み上げている。
プロストが語る「最高の時間」。
もうひとり、ラウダの死を悲しんでいた者がいた。4度チャンピオンに輝いたアラン・プロストだ。ラウダがいたマクラーレンに'84年に移籍したプロストは、2年間チームメートとなり、ラウダの最後のタイトル獲得を間近で見て、チャンピオンとしてあるべき姿を教え込まれた。
「私がF1を目指したとき、私には目指すべき目標となるドライバーが2人いた。ひとりはジャッキー・スチュワート('69年、'71年、'73年王者)でもうひとりはニキだった。幸いにも私はニキのチームメートとして2年間を過ごす経験を与えられた。それは私のドライバー人生で最も有意義な時間となっただけでなく、私の人生において最高の時間だった」
モナコGPではレーススタート前に、ラウダに1分間の黙祷が捧げられた。現役ドライバーだけでなく、大勢のレース関係者がスタートラインに集合する中、プロストはスチュワートに寄り添うように横に立ち、黙祷していたのが印象的だった。
5月29日、故郷オーストリアの首都ウィーンでラウダの葬儀は執り行われた。棺の中で眠るラウダはフェラーリのレーシングスーツに身を包まれていたという。
初タイトル、大事故、奇跡のカムバック、タイトル決定戦をボイコット、2度目の王座、引退、復帰、3度目のタイトル、2度目の引退……その人生は70年という歳月以上に深く濃密な時間だった。