「医学部だから遅い」とは言われたくない。

「僕みたいな環境のアスリートって、たくさんいると思うんですよ。だからこそ、環境を言い訳にしてしまうと絶対に上には行けないと思っています。それに関東や関西の選手たちは、『集まれ』と言えばすぐに力のある選手たちで集まれて、簡単に練習もできてしまう。でも、簡単にできるからこそ、1回1回のモチベーションを高めるのは難しいと思うんです。

　逆に僕の場合は、狙った練習や大会ではある程度、決めた目標はいつも達成できている自信はありますし、そういう精神面の強さは自分の武器だと思います。医学部生のアスリートって、自信がない人が多いような気がするんです。全国大会に出るような選手が少ないのも、そういう自信がないからだと思う。『医学部だから勉強も大変だし……』という考えの人も多くて、弱音を吐いてしまうことも多い。

　でも、『あいつは医学部だから遅いよ』と言われるのは嫌ですし、逆にそういう壁の中に自分をおしこめてしまうのも良くないなと。僕以外にも最近は活躍する医学生のアスリートも多いので、本気で競技をやりたいという人が増えたらいいなとは思っています。医学部であってもやれるというのは証明したいですし、自信を持ってやりたいですね」

卒業したら引退、のつもりだが……。

　そんな山夲は、今年大学6年生。学生生活の最終学年だ。

　順調に行けば来年2月の医師国家試験を受験し、そこからは研修医としての生活が始まる。スポーツドクターをめざし、今のところ競技生活は今年で区切りをつけるつもりだという。

「なかなか医師と競技の掛け持ちというのは現実的に難しいと思うので、今のところは今年で引退する予定です。6月の日本選手権が1つの区切りかなと考えています。九州で1人でやっている自分を支えて、応援してくれた大分の陸上関係者の人たちの期待に応えるような走りをしたいですね」

　ただし、来年に迫った東京五輪も、全く意識していないわけではないようだ。最後にポロっとこぼした一言に、山夲が持つアスリートとしての熱が垣間見えた。

「もちろんまだまだレベルが足りないですけど、もし日本選手権で一気に自己ベストを更新して、五輪を意識できるような記録が出れば……その時はまた、別のいい循環ができるのかもしれません。それはまた、その時に考えようかなと思います」

　本格的に陸上に打ち込んでからは、まだわずかに4年。学業とも両立しながら、それでも山夲は日本トップクラスのランナーへと上り詰めて見せた。

　異色の中距離ランナーは、自身最後の大舞台で、一体どんな結果を残すだろうか。