プロ野球PRESSBACK NUMBER
菊池雄星を変えた炭谷銀仁朗の言葉。
「奪三振王と最多勝、どっち?」
text by
市川忍Shinobu Ichikawa
photograph byKyodo News
posted2019/01/10 08:00
西武でバッテリーを組んだ2人だが、来季から菊池はMLBのシアトル・マリナーズへ、炭谷は巨人でプレーする。
両極端な投球を繰り返していた菊池。
炭谷の目には、菊池は素晴らしい才能を持っているにもかかわらず、それを生かし切れていないように見えた。菊池の能力を買っているからこそ、もどかしく、厳しい言葉が炭谷の口をついた。
「当時は『今日は球威があったから抑えられました』とか『今日は球が行かなかったから打たれました』という、両極端なピッチングを繰り返していました。それで、ギンさん(炭谷)は、僕にそう言ったんだと思います」(菊池)
遠征先での試合のあと、2人で話し込む機会も多かった。
炭谷とのミーティングの成果もあって、菊池は徐々に「調子が悪いときにどう抑えるか」という、先発投手にとって重要な投球術を身に着けていった。
150キロへのプライドが邪魔をした。
同時に炭谷との会話は、菊池が知らず知らずのうちに抱いていた自分に対する思い込みにも気づかせてくれた。
それまでの菊池のセールスポイントは、150キロを超える速球だった。高校時代、甲子園では当時自己最速の154キロをマークし、ベスト4進出の原動力となった。当然、誇りもあった。
炭谷は振り返った。
「雄星の本心はわからないですけど、高校の時のピッチングの名残もあるやろうし、せっかく速球という武器も持っている。だから『三振が取りたい』とか『スピードを出したい』という思いがあるんちゃうかなって思ったんです」
その思いが菊池本人の足かせになっているのではないかと指摘した。
「2016年やったと思いますけど、一時、勝てへん時期があって、そのときに初めて雄星に『勝てるピッチャーになるにはどうしたらいいと思う?』と言いました。『奪三振王と最多勝、どっちが欲しいんや?』と言うと、雄星は目に涙をいっぱいためて僕の話を聞いていました」(炭谷)
菊池は言う。
「いいときはいいけど、悪いときには試合を作れない。心のどこかに『僕はそういうピッチャーだからしょうがない』とか『今さら器用なピッチャーになんてなれない』という思いがあったんだと思うんです。半分諦めもあったり、一方で『150キロのボールが投げられるんだったら、そっちを武器にしていくしかない』という変なプライドもあった。
でも、ギンさんにそういう話をたくさんしていただく中で、ひとつの投球の意図を考えるようになった。そうしたら不思議なことに自然とコントロールもよくなったんです」
結果、菊池は2016年に12勝。2017年には16勝を挙げて最多勝利投手賞を獲得。炭谷とともに最優秀バッテリー賞にも輝いた。