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インテルの「運命の男」ベシーノ。
ボールはいつも彼の所に飛んで来る。
text by
手嶋真彦Masahiko Tejima
photograph byUniphoto PRESS
posted2018/10/25 10:30
マティアス・ベシーノは元来ゴールで評価されるタイプの選手ではない。しかし勝負強さというのは存在するのだ。
「父さん、何と言っただろうね」
ベシーノの人生は、一瞬で変わった。
英語の先生だった母親は、3人の子供を養うために、仕事を3つ掛け持ちしていた時期もあるという。ベシーノには2歳年上の姉と、事故当時まだ3歳にもなっていなかった弟がいる。
2017年夏。ベシーノは26歳になろうとしていた。あの事故から12年――。
「僕がここにいるのを見たら、父さん、何と言っただろうね」
インテルとの契約を結んだその日、ベシーノは母親にそう呟いたという。右腕に彫られたタトゥーには、今もマリオさんの名前が刻まれている。
ベシーノ本人に確かめたわけではない。
しかし、強い悲しみの中で、人生は一瞬で変わり得ると悟った者が、目の前の現実ひとつひとつにより強くフォーカスするようになったとしても、なんら不思議はない。
ベシーノのところへボールは飛んで来る。
劇的な3つのゴールを振り返ろう。
インテルにとって7シーズンぶりとなるCL出場権を手繰り寄せたラツィオ戦のゴールは、右からのCKにベシーノが頭で合わせた。ブロゾビッチが右足で蹴ったCKは、ファーサイドからニアサイドに飛び込む1メートル95センチの長身アンドレア・ラノッキア(途中出場したばかりだった)を狙ったものだっただろう。
しかし、CKのボールはラノッキアの頭上を越え、ベシーノの頭に飛んできた。ヘディングの強いミラン・シュクリニアルと最大の得点源のイカルディは、結果的にファーサイドで囮(おとり)となった。
ニアサイドでCKに合わせたベシーノは叩きつけるヘディングでボールの軌道を変え、ラツィオのGKが見送るしかないコースへのシュートに変換――。ワンバウンドしたボールはファーサイドのサイドネットを揺らす。ヘディングのインパクトのタイミングが少しでも遅れていたら、シュートは枠外に逸れていたはずだ。空中に高く飛び、狙い通りに合わせたベシーノの、会心の得点だった。
トッテナム戦の92分の逆転ゴールは、やはり右からのCKをファーサイドのステファン・デフライが折り返し、ニアサイドのベシーノが頭で押し込んだ。本人が「運命だ」と振り返った通り、たまたまベシーノがそこにいただけのようにも映る。そうではなく、空中にふわりと浮かんだボールに、誰よりも早く反応したのがベシーノだったとも言える。