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ローマ新スタジアム建築計画で汚職。
2000年超の魔都ゆえの厄介さとは。
text by
弓削高志Takashi Yuge
photograph byAFLO
posted2018/10/03 11:00
ローマにとって長年の聖地オリンピコ。本拠地移転が果たされるはずだったが、今季もまた使用されている。
トッティもプレーしたがったが。
2012年12月30日、首都の南西部に広大な競馬場を所有していたパルナージは、自前のスタジアムを欲しがっていたASローマと共同事業を立ち上げ、パロッタ会長とともに陽光眩しいマイアミで華々しく建設計画を発表した。当時の監督はゼーマンで、トッティも新スタジアムでプレーする気満々だった頃だ。
そこからの約6年間、エウルノバ社とASローマにとって、ローマ市とラツィオ州という自治体はつかみどころのない厄介な難敵と化した。
用地買収やビジネスパーク構想など総合的な建設プランを練り上げたパルナージ社長が最初の計画書をローマ市役所に提出したのが'14年3月だ。9カ月後、ローマ市議会がスタジアムの周辺整備を公共事業に組み込んだ。エウルノバ社が自治体側の要求を汲んだ修正計画を再提出したとき、カレンダーは'16年5月になっていた。
「今のペースならスタジアム使用開始は2021年? そんなにかかるのなら自殺した方がマシだ」
この頃、行政や立法府による審査の進み具合から予想された新スタジアムの稼働時期について、パロッタ会長が嘆いたのもわかる気がする。
如才のなさが逆に命取りに。
計画書はラツィオ州に回され、'16年秋にようやく始まった審議会で大幅見直しが要求された。スタジアムと並んで建設計画の根幹を成すはずだったビジネスパークの象徴“トリプルタワー”の建設は環境や景観保護という理由から拒否され、エウルノバ社もパロッタ会長も断腸の思いで計画から削除した。
'17年に入ると、今度はラツィオ州景観保護監察局から横槍が止まらず、秋には3度目の修正計画書を提出せよ、と命じられた。12月に州の承認を得た修正計画は、再びローマ市議会に差し戻され、暦は2018年になった。
数えきれないほどの関係者との果てしない折衝の末、パルナージ社長とASローマは新スタジアム工事着工まであと1歩のところまで来ていた。最終認可まで、あとは夏のバカンスシーズンを前に、計画の部分的変更の市議会承認の議決を待つだけだった。
社長は“根回し”も忘れなかった。30代の頃から政治家に袖の下を使う手を使うのが当たり前の世界でのし上がった。そして、その如才のなさが逆に命取りになった。