“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
本田圭佑のビジネスの原点は能登?
星稜・河崎監督が尽力した大会とは。
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2018/08/26 08:00
今年も開催された「石川県ユースサッカーフェスティバル」。星稜・河崎護監督の尽力が、大会の大規模化に直結した。
続々と客が増えて旅館側も大喜び。
この狙いは的中した。
もともと温泉地の経済は観光客頼みだが、その年の気候などに大きく左右されるため、ハイシーズンでも客足が伸びない地域もある。当時の和倉温泉もそんな不安定な経済環境に悩まされていた。
だがサッカーの大会があれば、1年の間に定期的に宿が埋まり、一度に多くのチームの選手、スタッフが1週間近く滞在してくれる。そうなれば、当然宿泊施設だけでなく街全体も活性化する。
実際、大会を重ねるに連れて、徐々に地域経済全体に効果が表れ始めた。
「例えば1つのフェスティバルで8チームが来たとしましょう。1チームの選手とスタッフが30人ほどだとして、総勢約240人が6泊する。つまり1500人分の予約が埋まるわけです。この状況に旅館関係者が驚き、喜んでくれたんです。
またこの温泉の街に、サッカーのジャージを着た選手達がたくさん歩いていたり、ランニングをしていたりするわけです。街の人も“なんで急にこんな若い子が増えたんだ?”と、フェスティバルに興味を持ってくれるようになった。
この効果は大会自体にもいい影響がありました。最初の5年間こそ土のグラウンドも併用していましたが、観光組合の人が『もっとちゃんとしたグラウンドを作った方が良い』と七尾市にお願いに行ってくれたんです。そしてある日突然、僕のところに観光組合の人から電話がかかってきて『先生、和倉に人工芝グラウンドを作りたいと思っています』って! こっちも大喜びで『ぜひともよろしくお願いします!』と」
毎年10万人以上の関係者が!
徐々に……旅館街のすぐそばがサッカーにとって最高の環境となっていった。
人工芝グラウンド3面とフットサルコート1面の和倉温泉多目的グラウンドに、人工芝2面とフットサルコート2面の能登島グラウンド。両方ともクラブハウスつきで、これ以外にも次々とグラウンドができあがったのだ。
河崎の尽力で継続させた石川県ユースサッカーフェスティバルは、今やユース年代最大のフェスティバルとなった。今年で31回目を迎えたが、カテゴリ別に4つの階層で大会がなりたっているのも興味深い。
<一番下の階層>
サマーキャンプ金沢(18チーム、7月28~31日)、
サマーキャンプin和倉・前期(32チーム、7月23~26日)
サマーキャンプin和倉・中期(32チーム、7月26~29日)
サマーキャンプin和倉・後期(48チーム、7月30~8月2日)
<2番目の階層>
金沢ユースチャレンジカップ前期(32チーム、8月1~4日)
北陸大学カップ(40チーム、8月9~12日)
金沢ユースチャレンジカップ後期(32チーム、8月5~8日)
この上に金沢ユース(32チーム、8月17~20日)、そして頂点に和倉ユース(40チーム、8月15~18日)が存在し、1カ月の間に200チーム以上が全国から石川県内に訪れるのだ。また階層間では昇降格があり、大会のレベルも維持されている。
そして近年は高校以外にも小学校から中学、大学年代のフェスティバルも開催され、毎年のべ10万人以上ものサッカー関係者が訪れるようになった。