酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
オールスターと縁がなかった名選手。
1400安打男や134勝投手が実は……。
text by
広尾晃Kou Hiroo
photograph byKyodo News
posted2018/07/17 07:00
オールスター初出場でいきなりホームランを放った栗山巧。パ・リーグのベンチも球団の垣根を越えて大喜びだった。
あの名助っ人がオールスター出場ゼロ。
1000本安打以上打った打者は今年の7月11日時点で293人いる。このうち一度もオールスターに選ばれていないのは以下の13人(戦前にデビューし、オールスターが始まった1951年には全盛期を過ぎていた5人を除く)。※は現役。
レオン・リー(1436安打)
佐野仙好(1316安打)
後藤光尊(1265安打)
河野旭輝(1213安打)
八田正(1148安打)
長嶋清幸(1091安打)
竹之内雅史(1085安打)
淡口憲治(1076安打)
北川博敏(1076安打)
鎌田実(1041安打)
川合幸三(1027安打)
田中浩康(1016安打)※
水上善雄(1011安打)
かなり意外な顔ぶれだ。安打数1位のレオンは、兄のレロン・リーとともにロッテ打線を引っ張った強打者。右打者の通算打率ではブーマー(.317)、落合博満(.310)に続く.308の打率を残しながら、一度も選ばれなかった。オールスターにも外国人枠があることが響いたか。
2位の佐野仙好は、ミスター・タイガース掛布雅之と同期。3割を3回マークし、1985年の阪神優勝のときも活躍した。また川崎球場の外野フェンスに激突し大怪我を負い、球場フェンスへのラバー設置のきっかけを作ったことでも知られる。当時のセには広島の山本浩二、ヤクルトの若松勉、同僚の真弓明信、中日の田尾安志など華のある外野手が揃っていた。その割を食った感がある。
長嶋清幸、淡口憲治、北川博敏も。
日本プロ野球史上、長嶋姓で野手として活躍したのは茂雄、息子の一茂、そして長嶋清幸の3人。長嶋茂雄は17年間すべてファン投票1位だったが、長嶋清幸は日本で初めて背番号「0」をつけ、長嶋茂雄を1年上回る18年もプレーしながら選出なしだった。なお長嶋一茂は入団1年目、一時期ファン投票の上位に顔を出したことがある。
日本一の人気球団巨人で、代打の切り札として活躍した淡口憲治が球宴出場「0」なのも意外だ。代打で選ばれた例は1986年の川藤幸三などなくはないが、やはりレギュラーでないと選出は難しいのだ。淡口は1983年には規定打席に達して.302をマークしているがついに選ばれることがなかった。
代打稼業が長くて選ばれなかったのは、2001年に「代打満塁サヨナラ優勝決定釣銭なしホームラン」という空前の殊勲打を打った北川博敏も同様だ。