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日本の現実主義とエムバペの快楽。
職人技も超能力もサッカーの養分だ。 

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芝山幹郎

芝山幹郎Mikio Shibayama

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photograph byKazuo Fukuchi/JMPA

posted2018/07/06 16:30

日本の現実主義とエムバペの快楽。職人技も超能力もサッカーの養分だ。<Number Web> photograph by Kazuo Fukuchi/JMPA

こぼれ球を拾って突破するエムバペ。アルゼンチンの歴戦の勇士たちも置いていかれるスピードだった。

時速38キロで走り、冷静な足技も。

 そのためにはまず、「自分たちのサッカー」などという妄想に囚われないことだ。自己満足的なボール・ポゼッション信仰を捨て、巧くもないのにしゃらくさいプレーに走る愚を犯さないことだ。しんどくても、つらくても、自分たちの身体とハートに負荷をかけ、相手の嫌がるプレーを持続することだ。

「黄金の中盤」などという軽薄な夢に酔わず、足の速いDFや、判断力の優れたGKを育成することも必要になるだろう。それ以外には……。

 ないものねだりを承知で、私はキリアン・エムバペの顔を思い出す。いきなり話を変えて申し訳ないが、観客側の快楽という視点に立っていうと、エムバペ(フランスでの発音は「ンムバペ」に一番近いが、新聞などの表記に従っておく)の存在は、今回のワールドカップで一頭地を抜いている。

 彼は、膠着した状態を一瞬で切り裂くことができる。1対1のデュエルで、相手選手を置き去りにすることができる。凄まじいスピード(時速38キロ)で走り、冷静な足技で球をコントロールすることができる。もし、エムバペのような超絶的な選手がひとりでもいたら、11人で惹き起こす化学反応も、ピッチに立ち現れる景色も、がらりと変わってくるはずだ。

'98年W杯の時はまだ母親の胎内に。

 エムバペは1998年12月にパリで生まれた19歳の選手だ。自国開催のワールドカップでフランスが優勝したときは、まだ母親の胎内にいた。父はカメルーン出身で、母はアルジェリア出身。その恐るべき才能を世界に見せつけたのは、ラウンド・オブ・16の第1戦、フランスがアルゼンチンを4対3で降した試合だった。

 エムバペはこの試合で、3点目と4点目を叩き出した。3点目は、敵陣前の密集から抜け出しての左足。4点目は、右サイドからフリーで走り込んでの右足。どちらも、「凄い」と叫びたくなる得点だったが、もっと驚異的だったのは、フランスに最初の得点をもたらすことになる、眼の覚めるような突破だった。

【次ページ】 あの突破劇を見られただけでも満足。

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