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天皇杯は物語を喚起する舞台装置。
新潟・大谷幸輝と高知・横竹翔の絆。
posted2018/07/05 10:30
text by
大中祐二Yuji Onaka
photograph by
Albirex NIIGATA
蹴った瞬間、アルビレックス新潟5人目のキッカー、坂井大将は「ヤバい!」と思った。いつも通りキックする直前に減速し、GKの動きを見たのだが、自分から見て右に動くのが分かったにもかかわらず、なぜかそちらに蹴ってしまった。
カン!
高知ユナイテッドSCのGK黒沢隼が横っ飛びで弾いたボールはポストをたたき、乾いた音を立てて跳ね返された。
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6月6日、新潟のデンカビッグスワンスタジアムで行われた天皇杯2回戦・新潟vs.高知戦は、延長を終えても0-0のままスコアは動かず。ついにPK戦へともつれ込んだ。ABBA方式で先攻となった新潟は、それまで4人のキッカー全員が成功。対する高知は、2人目がクロスバー上に外していた。
「あれ、決めてればなあ」、「あれね」
決めれば新潟の勝利という坂井のPKは止められたが、直後に主審のホイッスルが鳴る。蹴り直しだ。
「GKが先に動くのは見えていました。でも、それがライン上か、前に出ているかまでは分からなかった」
坂井の2度目のキックは、ゴール左隅のネットを揺らし、新潟の3回戦進出が決まった。
その瞬間、黒沢は涙に暮れた。新潟のGK大谷幸輝は黒沢のもとへ歩み寄ると、気持ちを自然に言葉にしていた。
「あれ、ナイスキーパーやったね。(ラインから)出てなかったと思うよ」
浦和ユースでプレーするために故郷の熊本を離れてから10年以上経つ大谷だが、その口調には今も故郷のなまりが残る。
黒沢の方へと向かう高知のキャプテン・横竹翔とすれ違う際には、軽くハイタッチして健闘を称え合いつつ、短く言葉をかわした。
「あれ、決めてればなあ」
「ああ、あれね」