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北島康介に憧れて、超えるために。
渡辺一平「燃え尽きてなんて……」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byAFLO
posted2017/08/31 07:30
世界水泳で銅メダルを獲得するなど、国際大会でも結果を残した渡辺。次なる目標は表彰台の頂点だ。
幼い渡辺の心を掴んだ、五輪の“ヒーロー”。
水に生きると決めたのは7歳の時だった。2004年8月16日、深夜2時。当時、小学2年生だった渡辺少年は大分県津久見市の自宅でテレビにかじりついていた。アテネ五輪、男子100m平泳ぎ決勝。映し出されていたのは男も女も老いも若きも、あらゆる人の期待を背負う男だった。
北島康介。
「ちょうど僕が水泳を始めようかなと思っていた時でした。誰からも応援され、誰からも勝つと思われ、それを現実にしてしまう。あの時の北島さんへの憧れが大きすぎて(世界新記録を出した)今も追いつけたなんて微塵も感じないんです」
メダルの色でも、タイムでもない。多くの人の願いを背負い切り、アテネの夜に雄叫びをあげた姿が全身を貫いた。
あれから13年。少年は「世界記録保持者」となった。ただ、その種の看板は時としてアスリートを押し潰す。厳然たる数字が生身の人間の揺れなどお構いなしに独り歩きするからだ。じつは同行した編集部員とともに勝手に20歳の身を案じていた。だが、実際に会った渡辺はどこまでも軽やかだった。
世界新記録よりも、世界で1位の方がすごい。
「僕自身、あれが人生最高のレースと思ってしまったら記録が重圧になってしまうかもしれないですけど、実はあの時100mの浮き上がりに電光掲示板で自分のタイムを見ちゃったんです。普通ありえないことです。ベンチプレスも一般男性並みだし、スクワットもマネージャーの方が上がるくらい(笑)。筋量を増やすだけでもスタートもターンも速くなる。改善点がいっぱいありすぎて燃え尽きていられないんです」
なぜリオで負けたのか。なぜ世界新記録を出せたのか。未だにはっきりとはわからない。確信しては揺らぐ。事実、世界記録後の4月、日本選手権では2位に甘んじた。ただ、未完であるがゆえに世界最速タイムすら通過点として前に進んでいける。そして何より7歳の夏、あの日から変わらず追い求めるものがある。
「狙った大会で狙った結果を出す。そこが僕に欠けているところだと思うんです。世界新記録よりも、世界で1位の方がすごい。だから(7月の)世界水泳で記録を更新して優勝するというのが今の目標なんです」
その達観と信念が東京までの3年間を明るく照らす。中年2人の杞憂はいつの間にか、どこかに吹き飛んでいた。