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北島康介に憧れて、超えるために。
渡辺一平「燃え尽きてなんて……」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byAFLO
posted2017/08/31 07:30
世界水泳で銅メダルを獲得するなど、国際大会でも結果を残した渡辺。次なる目標は表彰台の頂点だ。
「目をつぶると金メダルがぶら下がっていた」
ベッドに入ったのは深夜2時。携帯電話を手に取ると、地球の裏側から200を超えるメッセージが届いていた。
「まさか出るとは思っていないタイムでした。今まで決勝ラインぎりぎりにいた選手がいきなり優勝候補に躍り出ちゃった感じで……。その日の夜は、目をつぶると金がぶら下がっているというイメージでした」
無名の若者は一夜のうちに主役になっていた。そして決勝。8人の中で最後に名前を呼ばれ、「センター」と呼ばれる4レーンに登場した。重圧はなかった。スタンドにいる両親や親戚の顔まで見えた。驚くほど冷静だった。しかし、ここで渡辺に宿っているはずの可能性は首を引っ込めてしまう。スタートから出遅れ、6位に終わった。
メダリストの方はこちらです。それ以外の方は……。
シンデレラになれなかった渡辺は帰国した成田空港でオリンピックの正体を知る。
「メダリストの方はこちらです。メダリスト以外の方はここで解散になります」
今まで同じ水を泳ぎ、同じ部屋で暮らしていた者同士が明確に線引きされる。大学の寮に戻り、時差ボケのまなこをこすりながらつけたテレビにはさっきまで一緒にいた萩野や坂井が映っていた。勝つか、負けるか。自分が生きる世界の現実だった。
「リオのレースは全員が接戦だったんですが、僕以外の7人は僕よりずっと前から『絶対優勝する』と思って練習してきたと思うんですよ。僕はそういう部分で負けていた」
そこから渡辺は以前よりも自分の可能性を信じるようになった。
「2番でいいと思っている自分が恥ずかしくなったというか。リオの後は『絶対負けない。絶対に世界新記録を出してやる』と思って練習していたんです」
自分を変えるためにスローガンを掲げた。
「常勝」――。どんな大会でも勝つ。常に勝つ。いつまた、あの舞台が訪れてもいいように……。だから、東京の片隅で行われた小さな大会で世界最速タイムが出たのだ。