“ユース教授”のサッカージャーナルBACK NUMBER
香川、堂安も悩み決断したプロの道。
高2の逸材・中村敬斗の進路は?
text by
安藤隆人Takahito Ando
photograph byTakahito Ando
posted2017/06/27 17:30
東京のサッカー少年は三菱養和のユニフォームを着るのが1つの目標である。その10番を身に着ける中村は、さらにスペシャルな存在である。
香川も「上には上がいる世界」を見たくてプロ入り。
すぐにプロの世界に飛び込んで、自分を磨きたい思いもあるだろう。ただ本人も「ずっと自分と向き合って考えています」と語る通り、より冷静に、真剣に向き合わないといけない。
筆者の個人的な見解だが、才能がある選手は、その能力に応じた上のステージで経験を積むべきだと思う。
その代表例が、香川真司である。
かつて香川はFCみやぎバルセロナユースに所属していたが、高校3年生でC大阪に入団した。これを実現するために、高2を終えた段階で、宮城県の公立高校から通信制高校に転校していた。当時、香川は「上には上がいる世界。1年でも早くレベルの高い環境に飛び込んで、自分を鍛えたかった」と、覚悟の決断を下したことを語った。
その言葉通り、高3の1年間をプロ1年目の下積み期間とした。そして翌年、同学年の選手が高卒ルーキーとしてキャリアをスタートさせる中で、プロ2年目を迎えた香川は一足早く飛躍を遂げた。
「堂安選手にはガンバの練習に参加したときに……」
先のU-20W杯で主軸として活躍した堂安律と冨安健洋も似たようなステップを踏んでいる。ともにJクラブユースの選手だったこともあり、高2からプロの世界を経験できたからだ。高3の1年間はトップチームやU-23チームでプレーし、今ではチームの不動のレギュラーとなった。堂安に至っては、20歳を待たずしてオランダ・エールディビジのフローニンゲンに1年間の期限付き移籍が決定。世界へと羽ばたいた。
中村の話に戻ろう。
「堂安選手にはガンバの練習に参加したときに、いろいろアドバイスをもらって刺激になりましたし、香川真司選手が決断をして成功していることも知っています」と中村が語る通り、堂安の存在は中村の考え方に大きな影響を及ぼした。