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敵の隙も、味方の隙も、壁の隙間も。
俊輔は「空白の瞬間」を見逃さない。
posted2017/03/13 17:00
text by
戸塚啓Kei Totsuka
photograph by
J.LEAGUE PHOTOS
稀代のアーティストは、偉大な労働者でもある。
ジュビロ磐田へ移籍した中村俊輔が、自らのゴールでチームを勝利へ導いた。3月11日に行なわれた大宮アルディージャとのJ1リーグ第3節で、彼の代名詞とも言える直接FKを叩き込んだのだ。
ペナルティアークすぐ外からのFKに、大宮は6人の選手が壁を作った。磐田もふたりの選手が、壁に身体をねじ込ませる。サックスブルーによる隙間は広くないものの、中村の左足には十分なのだ。
大宮のGK加藤順大は、「タイミングをちょっとズラされた」と悔しさを滲ませた。FKのポイントには中村と太田吉彰のふたりがいたが、どちらが蹴ってくるのかは加藤も分かっていたはずである。太田がボールをまたいでフェイントを入れてくるのは、予想どおりだったに違いない。
ボールの感覚を確認する間がなくても決める。
その一方で、自分が蹴ることを相手GKが想定しているのは、中村も分かっている。太田がボールをまたいだあとの加藤の動きを、サックスブルーの背番号10は見逃さなかった。
「ヨシがまたいだときに、GKが敏感に反応した。それで、こっちかなって」
中村から見て左方向へ加藤がステップした瞬間に、38歳のレフティーは左足を振り抜く。6枚のカベではなくチームメイトの頭上を越えた高速弾が、ゴール右下スミへ突き刺さったのだった。
GKとの駆け引きは、もはや熟練の領域と言っていい。左足の精度については、そのレベルに相応しい言葉を見つけるのが難しいほどである。
もうひとつ付け加えなければいけないのは、直接FKを決めた時間だろう。前半5分にFKを蹴るまで、中村は片手で余るほどしかボールに触れていない。ボールフィーリングを確認する間もない状況で決め切ったところに、この移籍後初ゴールの価値はあるのだ。