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母の声援、身重の妻、そして甲子園。
トライアウト、23歳の夢のマウンド。 

text by

田尻耕太郎

田尻耕太郎Kotaro Tajiri

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2016/11/15 11:30

母の声援、身重の妻、そして甲子園。トライアウト、23歳の夢のマウンド。<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

トライアウトで熱投を見せた前中日・西川健太郎。NPBだけでなく、幅広く活躍の場を考えて「待つ」という。

投球フォームに迷いが出て、5年目にして修正を。

 しなやかなフォームから伸びのあるストレートを投げ込むのが西川の最大の武器だった。

 しかし故障もあり、投げ方に迷いが生じた。投球フォームが固められない中、5年目を迎えた今季途中に異例の決断を下した。6月に突如オーバースローから、比較的横手投げにも近いスリークォーターへと変えたのだ。

 シーズン序盤からファームでも登板機会が少なく、焦っていたのだろう。何かを変えなければ前には進めないという気持ちは痛いほど伝わってきた。

 しかし、プロ野球は付け焼刃の技術が通用する世界ではない。フォームを変えてからも、投手プレートの立ち位置を途中で変えるなど、はっきりとした答えは見出せないまま、シーズンを終えた。球団事務所への呼び出しがかかった時、少なからず覚悟はできていた。

マウンドの西川は、元のオーバースローで投げていた。

 果たして、迎えたトライアウト。

 吉見からは「頑張れよ」と短い言葉だけをかけられた。長く話せば余計な感情が生まれてしまう。あえて普段と変わらず接した、吉見なりの気遣いだった。

 マウンドに立った西川は、元のオーバースローに戻していた。

 投げ終わった直後に甲子園の裏通路で会うことが出来た。

「むちゃくちゃ緊張しましたけど、やることはやれました。投げ方を戻すことを決めたのはクビを通告されてすぐでした。もともとこの形で小さな頃からやってきたし、それでプロに入って、勝つこともできたから」

【次ページ】 「自分の理想の、強いストレートを投げ込むこと」

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