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ブラッターFIFA会長の野望と屈辱。
プラティニはなぜ彼を裏切ったのか?
text by
田村修一Shuichi Tamura
photograph byGetty Images
posted2016/02/24 18:00
FIFAの倫理委員会の発表を受けて記者会見に応じたブラッター前FIFA会長。
「プラティニのことだけは絶対に許さない」
「投票ではヨーロッパの4票がアメリカからカタールへと寝返り、14対8でカタールが勝った。もしも彼らがアメリカに投じていたら、12対10でアメリカの勝ちだった。アメリカ開催が決まっていれば、現在、FIFAを揺るがしている問題は何も生じていなかっただろう」
ブラッターにすれば、諸悪の根源はプラティニ、ということになる。当初のシナリオ通りアメリカ開催で決まっていれば、自身や汚職を働いた理事たちも、ここまで厳しく追及されることはなかった。5選を果たした直後に会長を辞職する必要もなかった。プラティニだけは次の会長にしたくない、というのが偽らざる本音だろう。
プラティニへの恨みはアメリカも同じで、当初は'18年の立候補を予定していたアメリカが'22年に変更したのも、'18年はヨーロッパで開催したいというプラティニの意を受けてのことだった。だからヨーロッパも、'22年はアメリカ開催を支持する。'10年夏にニヨン(スイス)のUEFA本部で、プラティニとスニル・グラティ・アメリカ協会会長との間の暗黙の合意であった。それをプラティニが、いとも簡単に裏切った。
「彼(プラティニ)のことだけは絶対に許さない」という言葉を残して、グラティは理事会がおこなわれたチューリッヒを去った。
当初は「死なばもろとも」(レキップ紙の1面の見出し)と決意したブラッターの権謀かと見られた200万スイスフラン支払いの告発は、FIFA内部の人間がおこなったと言われており、ブラッターですら「プラティニは(またもちろん自分も)無実だ」と語っている。
では、彼ですらもコントロールできないどんな力がFIFAに働いているのか。そもそもスキャンダルの発端となった、大量検挙を実行したアメリカの意図はどこにあるのかを、次回は分析する。