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現役王者との競演は見られるか!?
“最速”ストーナーがドゥカティへ。
posted2015/12/07 10:40
![現役王者との競演は見られるか!?“最速”ストーナーがドゥカティへ。<Number Web> photograph by Satoshi Endo](https://number.ismcdn.jp/mwimgs/d/a/1500wm/img_dac86e6325f83ed9373adcc15231c1f2322591.jpg)
ドゥカティに移籍して1年目の2007年、日本GPで初タイトルを決めた。このレースの6位がシーズンで最低の成績という安定ぶりだった。
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![遠藤智](https://number.ismcdn.jp/mwimgs/2/5/90/img_25f715b0e9f2f93a75ee22f4c462155e7579.jpg)
遠藤智Satoshi Endo
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Satoshi Endo
最速の称号を保ったまま2012年シーズンを最後に27歳の若さで引退し、以来、ホンダのテストライダーを務めていたケーシー・ストーナーがドゥカティのテストライダーとして契約した。
シーズンオフに入って最大のニュースだろう。
移籍の理由は、ドゥカティがホンダを上回る破格の金額を提示したからだと言われている。
ストーナーは、1985年10月16日生まれの30歳。
'06年に20歳でホンダのサテライトチームからモトGPクラスにデビューし、大きな注目を集めた。ストーナーはその際ホンダ・ワークス入りを熱望したが、シートの枠がなく断念。
そのため'07年はドゥカティ・ワークスに移籍することになったが、その年一気にブレイクし、シーズン10勝を挙げてタイトルを獲得。ドゥカティにとっても初のタイトル獲得となった。
翌'08年は総合2位。'09年、'10年はマシンの開発に苦しんで2年連続で総合4位に終わる。
マシンのせいなのか、ライダーなのかという疑心暗鬼の中で、ストーナーは'11年にドゥカティからホンダ・ワークスに移籍。圧倒的な強さを発揮して2度目のタイトルを獲得した。
ストーナーはドゥカティで「ブランド大使」にも。
ホンダのバイクはストーナーを乗せたことで優秀さを証明し、ストーナーは性能が安定しないドゥカティとは対照的に精度の高いホンダに乗ることで、ライダーとしてのポテンシャルをいかんなく発揮することに成功。最速ライダーの称号をほしいままにした。
そのストーナーが、再びドゥカティに移籍する。
もちろんレースを戦うわけではないが、ドゥカティの「ブランド大使」にも任命されて、イメージキャラクターとして起用される。
'16年には、2年に1度開催されるドゥカティの最大のイベント「ワールド・ドゥカティ・ウィーク」がミサノで行なわれる。
同サーキットで開催されるサンマリノGPに匹敵する6万人以上のドゥカティ・ファンが集まるイベントで、ドウカティはそこにストーナーを登場させて盛り上げようとしている。