One story of the fieldBACK NUMBER
「晋太郎! ウメ! 逃げるな!」
福留孝介が阪神で本当に欲したもの。
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byNaoya Sanuki
posted2015/10/08 11:20
規定打席以上の選手で、阪神では鳥谷に次ぐ打率を残した福留。
「晋太郎! ウメ! 逃げるな!」
開幕3戦目、ベンチに怒声が響いた。
「晋太郎! ウメ! 逃げるな!」
この日、藤浪と梅野のバッテリーは初回に3失点した。右翼から見ていた福留は我慢ならなかった。打たれたことではない。外一辺倒の投球でやられたことが……。
「今年は晋太郎がやらなきゃ、勝てない。それなのに、いきなり、あんな投球したことに腹が立ったんだよ」
後にこの時の怒りを、こう明かした。勝つために必要だからこそ、ことあるごとに注文をつけてきた。練習態度からマウンドの立ち居振る舞いまで……。かつてなら放っておいたかもしれない。ただ、今は違う。嫌われてもいい。言葉にして伝えた。
そんな中、藤浪は急成長していった。
「勝たせてやれなくて、すまん」
5月末、藤浪が先発した試合で福留が延長12回にサヨナラ弾を打った。ただ、10回まで無失点の藤浪を勝ち投手にしてやることはできなかった。試合後、勝利の立役者はベンチ前で20歳下の後輩に頭を下げた。
「勝たせてやれなくて、すまん」
主砲とエース。先輩、後輩を超越した、勝敗を背負う者同士のやりとりだった。
9月。大一番となった21日のヤクルト戦で先発した藤浪は6回2失点ながら、チームは敗れた。優勝が遠のく敗戦だった。
ショックを引きずったままの翌日、東京ドーム。福留は若きエースに穏やかな表情で声をかけた。
「自分の調整を崩さないのもいいけど、体調によって、いろいろな調整の仕方を身につけておいた方がいいんじゃないか」
大混戦の中、登板間隔を短くしながら、強敵に対峙していた。そんな藤浪に疲労の色を見て取ったからだった。
4月の怒りは5月の謝罪に、そして、9月の労いへ。福留が藤浪にかける言葉は変化していった。藤浪だけではない。週に1度、福留の休養日、右翼を任されていた狩野にはこう言って、肩の力を抜いた。
「だれもお前の守備に期待していない。ミスしてもいいんだ。打って取り返すくらいに思ってやればいいんだ」
かつて個人主義と言われた男が仲間を鼓舞し、必死につないだ優勝への道だった。