ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
身軽な立場のハイカーが考えた、
「守るもの」と「幸せ」の意味。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/11/02 08:00
全米で最も深い湖・クレーターレイクで一緒に歩いたGokuさんと記念撮影。親子に間違われた。
「人生、なるようにしかならないな」
この辺りから“South Bounder” と呼ばれる、カナダ側からメキシコ側を目指して歩くバックパッカーとすれ違うことも増えてきた。つまり僕たちは“North Bounder”ということになる。多くのバックパッカーは、シエラネバダの残雪やカリフォルニア南部の暑さを避ける為、こちらのルートを取るのだ。
GOKUさんとは、歩きながら沢山のことを話した。
調理の専門学校を出てすぐの就職先での厳しい上下関係。古本屋を経営していた頃の話。自転車で日本を1周した時に訪れた、北海道の小さなコミュニティのこと。働いていた児童養護施設や、日本の社会保障制度に対して思うこと。そして、今の夢。
2児の父であり、夫でもある彼は、夢と生活との折り合いをつけるのに苦慮しているようだった。
相変わらず、電波を見つけては日本の奥さんに電話をする姿は、養うべき家族もおらず、大学を休学し、就職活動を先送りにした身の軽い立場である僕の胸を打つ。
職場から電話がかかってきた後、彼は笑顔を向けて言う。
「人生、なるようにしかならないな」
今の僕に人生を語ることが出来るかはわからない。また電話を掛け直すという彼に気を使い、一人先に歩き出しながら思う。
身が軽いことを幸せと感じていた僕に、少しだけ変化が出てきた。守るものを持つことも、実は幸せなことなのかもしれない。そしてそもそも、幸せとはなんなのだろう。
彼の話していた夢。僕は背中を押したかったが、彼の立場を考えると、僕にそんな資格はないだろう。
蚊取り線香、日本語……。久しぶりに人心地。
蚊取り線香の煙を嗅ぎながら、日本語で語り合うキャンプ。こんなに人心地ついて眠ったのは久しぶりだ。
そして透き通るように青い湖、湿気が多いのか、苔むした植生、比較的平坦なトレイル。病気でしばらく山から離れていたこともあり、気持ち良く歩を進めることが出来た。
毎日変化していく景色と心。少しだけ、この旅の終着を考えることも増えてきた。