ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER

ハイカーたちの「天国」と、
モハベ砂漠で出会った“昔の友達”。 

text by

井手裕介

井手裕介Yusuke Ide

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photograph byYusuke Ide

posted2013/07/11 11:05

ハイカーたちの「天国」と、モハベ砂漠で出会った“昔の友達”。<Number Web> photograph by Yusuke Ide

ヒッピーの家で色々とやらかして有名人になった「シャシンカ」井手くん(右端)。

モーテルでほぼ1カ月ぶりの湯船に浸かる。

 Mojaveの町は風が強く、潰れた店も多い。なんだか不気味な町だった。長距離ドライバーの宿場町と言ったところだろうか。

 明日からのセクションは、Tehachapi passという、風力発電で有名な峠。さらに風が強いらしい。

 モーテルで知り合ったハイカーHappy feetと話をしていると、翌朝トレイルへ戻る車をコーディネートしてくれることになった。

 僕は安心して、初めて一人で借りたモーテルの部屋へ帰る。

 1人なので何も気にすることなく、バスタブに湯を溜めて浸かることができた。ほぼ1カ月ぶりの湯船だ。

 翌朝、彼の部屋をノックすると、ほぼ全裸の彼がドアを少し開けて言う。

「悪い、昨日飲みすぎて寝坊しちまってさ。支度がまだ出来ていないんだ。あと1時間待ってくれ。その後に郵便局へ行こう」

 なるほど、彼の部屋にはビール瓶が転がっている。まあいいさ。とにかく、彼と離れてしまっては僕にトレイルへ戻るアシはない。

 ところが1時間後に再度彼の部屋へ行くと、既にチェックアウト済みだった。そこには酒の臭いと吸殻の溜まった灰皿しか残っていない。

送っていたはずの補給物資が郵便局に届いていなかった!

 モーテルのロビーに行き、情報を集める。どのみち彼は郵便局へ向かうはずだ。僕は荷物をまとめ、郵便局へ急ぐ。

  

 郵便局までは1マイルほど。やはり、バックパックを背負って町を歩くのは辛い。山を歩く方が楽なのは毎回不思議だ。

 いた。彼はちゃっかりとしている。

「おー、シャシンカ。待ってたんだぜ」

 待っていたのはこっちだぜ、と言いたくなるが、そんなことよりも大変なことに気づく。送っていたはずの補給物資が郵便局に届いていなかったのだ。

 IDを元に調べてもらうと、次の補給地点に届いているという。Saufleys夫妻が郵送を手配してくれたのだが、宛先を間違えてしまったみたいだ。

 きちんと確認しなかった僕が悪い。自分の旅は自分で責任を持たなければいけない。

 中には補給用の食料はもちろん、この先の地図が入っている。出発地点のSan Diegoから送っていた箱は届いていたので、支援してもらっている栄養バーだけは大量に入手することが出来た。

 とにかく食糧はそれで賄うとして、地図がないのはきつい。Happy feetに頼み、地図をコピーさせてもらう。

 ついでに近くのスーパーで売っていたおもちゃみたいなサングラスを5ドルで購入。実は元々持ってきていたサングラスを序盤で紛失してしまったのだ。この先の風を考えると無いよりはマシだろう。

人間は風に流されず、地に足をつけて確実に進むことが出来る。

 とにかく、てんやわんやだったが14時過ぎにはトレイルに戻ることができた。

 風車の上に漂っている怪し気な雲を恨めしく見上げながら、僕は暑い暑いと聞いていた区間をダウンジャケットにスキーグローブをはめつつ進んだ。

 雲に隠れた太陽。そして強風。ひどく体温が奪われていく。

 僕はオモチャのサングラスが似合っているか気にしつつ、憧れのシエラネヴァダを目指して南カリフォルニア最後の区間へと足を踏み出した。

 風に乗って飛んでいく鳥を見て、鳥になりたいと思っていたのが懐かしい。

 人間は風に流されず、地に足をつけて確実に進むことが出来るのだ。

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