ロングトレイル奮踏記BACK NUMBER
ハイカーたちの「天国」と、
モハベ砂漠で出会った“昔の友達”。
text by
井手裕介Yusuke Ide
photograph byYusuke Ide
posted2013/07/11 11:05
ヒッピーの家で色々とやらかして有名人になった「シャシンカ」井手くん(右端)。
自分の意思で「快」の記憶だけを呼び戻す。
特にすぐに体に変調はなかったが、1時間ほどしてビール片手にメキシカンサラダをご馳走になっている時、僕は酒酔いにも似た感覚に襲われた。
吐き気がすると思いトイレに行ったものの、特に口から何かが出てくる様子はない。ところが立ち上がると、やはり足元がおぼつかない。
女の子に支えられ、家の中に横になった。皆が僕を興味深そうに見ているのがわかる。
その夜、プロのチェリストであり、ハイカーであるCuddleのコンサートが催されることになっており、Anderson両氏含め、皆は近くの森へ出かけて行った。
僕もコンサートが楽しみで滞在を決めていたのだが、体が動かなかった。家が僕だけになった後、意識はあるのに夢を見ているような、不思議な感覚に襲われた。忘れていた些細な昔の記憶が蘇ってくる。
しかも、記憶だけでなく、その時の感情までがうねりとなって僕の体を疼かせるのだ。僕は自分の意思で「快」の記憶だけを呼び戻すことができた。なんだか気持ちがいい。
皆が帰ってきた後「調子はどうだ」と聞いてくるので「昔の友人に会えたよ」とだけ返した。彼らは目を見合わせる。
その夜はそのまま、夫妻の家のソファで眠った。何度も大型犬が寄ってきたがあまり気にならなかった。
深夜にAnderson氏がカウチでアニメを見ながら業務用の大きなアイスクリームを食べているのが目に入る。
多くのハイカーを受け入れてストレスも溜まっているのだろうか。あるいは毎日の習慣なのだろうか。彼のお腹をみれば、答えは明らかだった。
ハリウッドでの舞台衣装の仕事を休んでの期間限定エンジェル。
翌朝、Anderson氏はパンケーキを焼いてくれた。「スペシャルの方がいいか」と悪戯っぽく聞くので、僕はEnough ! Tooooo much ! と答えてパンケーキをもらう列に加わる。
因みに、家主のAnderson氏は54歳と若く、本家のヒッピー世代ではない。'60年代後半のハードロックが鳴り響く庭で語ってくれた。
「周りの大人に影響を受けてね」
彼は他のエンジェルと違い、これまでにハイクをしたことはない。だが、PCTを歩くハイカーたちがユニークなので、ハリウッドでの舞台衣装の仕事をハイカーが通過するこの時期だけ休み、家を開放しているのだという。