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サザンオールスターズと山本昌──。
茅ヶ崎が生んだ奇跡のおじさん達。 

text by

村瀬秀信

村瀬秀信Hidenobu Murase

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photograph byNaoya Sanuki/JIJI

posted2013/07/01 11:00

サザンオールスターズと山本昌──。茅ヶ崎が生んだ奇跡のおじさん達。<Number Web> photograph by Naoya Sanuki/JIJI

茅ヶ崎市民栄誉賞の歴代受賞者には、山本昌以外には、俳優の加山雄三、宇宙飛行士の野口聡一と土井隆雄、テニスの杉山愛らがいる。

 6月25日、活動休止中だったサザンオールスターズが結成35周年を迎える今年の夏に、5年ぶりの復活を遂げるというニュースが発表された。なんでも、8月には日産スタジアムを皮切りに10年ぶりのスタジアムライブツアーを行なうらしく、8月31日と9月1日には、桑田佳祐の故郷でもある神奈川県茅ヶ崎市の茅ヶ崎公園野球場でのライブも予定されているという。これは、同球場でいつも草野球をやっている茅ヶ崎出身の筆者としても心躍らずにはいられないわけで。

 茅ヶ崎でのサザンのライブといえば、2000年8月、同地で行われた伝説の「茅ヶ崎ライブ」が思い出される。それ以前の茅ヶ崎なんてのは、ダイクマと海しかない片田舎の町。それが、あのライブで町中がお祭り騒ぎになった。

 当時、地域新聞「タウンニュース」の茅ヶ崎編集室にいた小室裕司氏は13年前のサザン茅ヶ崎ライブの熱狂を昨日の事のように振り返る。

「あのライブは本当に……夢のような2日間でした。茅ヶ崎駅からライブ会場の海へと至る道までが人で覆い尽くされて、あんな光景は初めて見ました。元々会場の問題から実現しないと思われていたライブだったんですけど、有志による5万7000人の署名を集め、ライブ会場周辺の住民に一軒一軒お願いに上がり、当時の条例を改正するなど、当時の市長をはじめ市民総がかりで実現させた、まさに伝説の名に相応しいライブでした。今年も再び、ライブが決まって、町中が俄かにソワソワしだした感じです」

 あのライブ終了後、茅ヶ崎の町は激変した。

 ただの海への道は“サザン通り”になり、サザン饅頭、サザンラーメン、サザン神社なんてものまでが登場するわ、サザンファンが聖地巡礼のように茅ヶ崎の町にやってくるわ、サザンが好きすぎて茅ヶ崎に引っ越してくる人が増えるわ、これまでサザンよりも加藤剛(5月にやる大岡越前のお祭り『大岡祭』に来てくれていた)の方が身近だった町のあちこちで、サザンの文字を目にするようになった。

 そんなサザンオールスターズが活動休止前、最後のライブとなった2008年8月24日の日産スタジアムライブ。このライブの最後で桑田佳祐が「また会える日まで、皆さん幸せでいてください。みんな死ぬなよー」と言い残してステージを降りたあの日から、もうすぐ5年が経つ。

茅ヶ崎における昌さんは桑田佳祐に並ぶ郷土の誇りだ。

 男は、死ななかった。

 サザンが活動休止した'08年8月4日に200勝を達成した男、山本昌。

 もはや、すっかり名古屋の偉人なのではあるが、彼もまた茅ヶ崎市の出身者であり、茅ヶ崎市民栄誉賞にも認定された町の英雄。サザンのライブ会場となる茅ヶ崎公園野球場では、毎年「山本昌杯」なる少年野球の大会が行なわれ、茅ヶ崎市の野球振興にも一役買っている。ちなみに個人商店を営んでいた山本氏の実家のすぐ近所には楽天・田代富雄コーチの「田代ラーメン」跡地もある、ちょっとした野球処でもある。

「桑田佳祐さんの茅ヶ崎への影響力はもちろん大きく、今年、茅ヶ崎第一中学時代の野球部同窓生らが発起人となって市民名誉賞を贈る動きがありますが、'08年にその市民名誉賞を先立って受賞しているのが山本昌さん。その存在も年々市民の間で大きくなってきています。今や茅ヶ崎の二大巨頭ともいえる2人は市民の誇りですよ」

【次ページ】 勝敗を問わず真摯に向き合ってくれる昌さんの人間性。

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