野球クロスロードBACK NUMBER
広島・前田健と西武・岸が変わった!?
新しい“悪魔のカーブ”の使い方。
text by
田口元義Genki Taguchi
photograph byNIKKAN SPORTS
posted2010/05/06 13:20
サッカーでは、得点力の高いフォワードやフリーキックの名手に対して、「悪魔の右足(左足)」と呼ぶことがある。
悪魔とは、人に忌み嫌われる存在。サッカーのそれが、相手チームの敗北を呼ぶ魔性の存在であるのなら、野球の変化球もまた、相通ずるものがある。
打者の手元から横に大きく離れていくスライダーに、少しだけ曲がるカットボール。胸元に食い込むように襲い掛かるシュート。縦に鋭く落ちるフォークやチェンジアップ、微妙に沈むツーシーム。相手をあざ笑うかのごとく、嫌らしく変化する様は、さながらボールに悪魔が宿っていると思わせるほどだ。
近年はスライダーやフォークを用いる投手が多い。今年に入って、ワンシームといった新種がベールを脱ぐなど、時代ごとに変化球は増えてきている。
そんな風潮のなか、変化球の王道であるカーブを最大の武器とする若手投手が、今シーズン安定した力を見せている。
西武の岸孝之と広島の前田健太だ。
“元祖変化球”カーブが再び表舞台に出てきた理由とは?
カーブとは、言わずと知れた「元祖変化球」。明治初期の1878年に、日本初の野球チーム「新橋アスレチック倶楽部」を創設した平岡ヒロシ(※にすいに煕)が初めて投げたとされるこのボールは、当時「魔球」として対戦相手の度肝を抜く。以来、沢村栄治や堀内恒夫、桑田真澄など、多くの名投手たちの命綱となり、隆盛を極めた。
今の時代、カーブの存在は薄れつつある。それは事実だろう。しかし、岸と前田によって、この球種が再び注目を集めつつあることもまた別の事実としてある。
岸のカーブが脚光を浴びたのは、'08年の日本シリーズだった。強打の巨人打線を相手に、14回2/3を無失点に抑え文句なしのMVP。「スライダー、フォークの全盛時代にあれほどのカーブを投げるピッチャーはいない」と、巨人ベンチを脱帽させた。
徹底的にマークされてうまく使えていなかった岸のカーブ。
大舞台で好投したことによって、「岸=カーブ」という印象が定着したこともあるだろう。他球団のマークはより厳しくなった。'09年は勝ち星、防御率とも前年を上回ったが、被安打は増え、被本塁打は倍以上の25本。カーブを狙い打ちされる場面も目立った。
前田のカーブは、PL学園時代から高い評価を受けていた。プロ2年目には9勝をマーク。だが、3年目は8勝14敗と大きく負け越し。カーブをはじめ変化球を中心とした投球を続けるあまり、チームの勝敗を分ける大事な局面で痛打されることが多かった。
緩急をつけることは大事だ。そのためにカーブが必要だということも分かる。昨年までの2人は、まだこのボールをうまく使いこなせていなかったのだろう。
それが今年は、2人ともカーブに依存していない。あえて封印する場面を作り、投手の原点であり最大の武器であるストレートで勝負する場面が増えてきた。
だからこそ、投球に粘りが生まれる。