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たたき上げを愛す。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
posted2004/05/20 00:00
「さすがのアンカツも、あの時は作戦を間違えたな。トライアルであんまり派手な勝ち方を見せてしまったんで、本番の桜花賞、オークスじゃあマークがきつくなって、力を出せなかった。トライアルでは、負けてもいいぐらいの余力のある乗り方をしていれば、クラシックはひとつぐらい獲れたかもしれない」
「いや、乗り方は間違いじゃなかった」
またジイさんが、おやじを逆なでするようなことをいいだした。
「アンカツはライデンリーダーの力じゃ、クラシック本番はちょっと足りないとわかっていたんだ。だから、トライアルで全力投球したんだ。ぶっちぎりで勝ってしまったのはしかたのないことだ。トライアルの賞金だって、笠松の重賞のなんレース分にも当たるんだから、ヤツの策は当然さ」
年寄りらしく、身も蓋もないことをいう。
「アンカツに計算違いがあったとすれば、それは、ライデンリーダーが想像以上の人気を集めたってことだろうな。日本の競馬ファンが、地方出身の馬にあれだけ熱くなるというのは、考えもしなかったんじゃないかな。その熱気にあおられて、冷静さをなくした気がするね」
「地方の地味な血統の馬を熱心に応援する。これがほんとの日本の競馬ファンてものよ」
おやじがボルテージを上げる。
「親子三代慶応で、都内にでかい家を持ち、デフレもリストラもどこ吹く風なんて奴は、はなっから競馬なんかやりゃしねえ。地方出身、学歴はなし、持ち家無し、昼メシはコンビニ弁当で、食後の缶コーヒーだけが楽しみ、そんな暮らしでも、いつか逆転する日が来るかも知れねえ、そう思って馬券を買いつづけるのが、日本競馬の保守本流なんだ」
ジイさんは、おやじの熱さを皮肉っぽく眺めながらいう。
「中央、地方と分かれてはいるが、考えてみれば、中央競馬でこれまでブームといわれるような人気を集めたのは、ハイセイコー、オグリキャップという地方出身の馬だったんだ。なんともうれしい話じゃないか。今年のコスモバルクは、地方も地方、廃止寸前のホッカイドウ競馬に籍を置いたまま、中央に殴り込みをかけるというんだから、普通のファンにはたまらんだろうね。勝てば、前の2頭をしのぐアイドルになるかもな」
そういいながらも、万全を期して、コスモバルクの馬単は買わず、馬連で勝負するというジイさん。単勝一本と意気込むおやじと、意見は分かれた。おやじに乗るか、ジイさんにつくか、いずれにしても、コスモバルクを応援しないわけにはいかないだろうな。