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たたき上げを愛す。
text by
阿部珠樹Tamaki Abe
posted2004/05/20 00:00
「太さんと高太郎さんが行くことになって、初めてジョッキーをやめたいって思った。2人ともイキイキしてるのに“なんで俺だけ”って焦った。馬に乗っても調子が悪くて、初めて死にたいって思った。俺、こんなに中央へ行きたかったんや、って気がついた」
唯一の救いは「考える暇がなかった」ことだった。がむしゃらに乗り続けて、勝つことが薬になった。'03年の阪神JFでは人気薄のヤマニンアルシオンで2着に善戦した。
「2着も“ガツガツせんと、まだ試練が必要や”って今は思える。いい意味で毎日、気楽に乗れてるし、すっごく楽しい」
5月2日、岩田は2年連続でJRA20勝に到達した。'05年度の1次試験免除の資格を得たが、今年も勉強して学科から受験する。
「園田でも中央でも僕を応援してくれる人がいて、ここまで乗せてもらえるんやから、1年でも早く中央へ行きたい。来年の免除があるのに受かったら格好ええでしょ」
そう言って笑うと、岩山を這い上がるしぐさを見せた。
「20勝のハードルはすごく高かったけど、もうすぐ頂上や、ってよじのぼって行ったら、??スタート地点がやっと見えた感じです」
ハイセイコーのあと、地方の強豪が中央に移籍して大レースを狙うと、決まって「ハイセイコー二世」と呼ばれたそうだ。
「南関東から移籍したステイードなんて、ハイセイコー二世だとか、マルゼンスキー以上だとかすごい評判だったなあ。でも、皐月賞3着が精一杯だった。オレもすっかりだまされた。付き合いはじめたばっかりのかあちゃんから、デートのとき、金を借りたこともあったよ」
「おまえはほどほどってのを知らないからだめなんだ。オレも地方上がりは応援するけど、入れ揚げたりはしない。だいたい、地方上がりは晩成型だから、春のクラシックよりも古馬のG1で狙うのが筋なんだ」
トンカツをあげる腕は怪しいが、馬券の腕は間違いなくおやじよりも上のジイさんが訳知り顔でいう。
「たしかになあ。カツアールもヒカリデユールも大レースは勝ったけど、みんな古馬になっていたからなあ」
おやじも素直に耳を傾ける。
「ほんとうに惜しかったのは、オグリキャップくらいだろうな」