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【動画】「本田圭佑選手の影武者を……」東京サンロッカーズ・神田康範社長が語るスポーツ界での“異色すぎる歩み”と福岡社長時代の苦難から得たもの《インタビュー前編》
《後編はこちら。近日中に、サンロッカーズで4年目のシーズンを迎える田中大貴選手のインタビュー動画も配信予定だ》
「実はパイロットを目指していたんです。でも、それが叶わなかったんですね」
Bリーグ・東京サンロッカーズの代表取締役社長として3年目を迎えた神田康範氏は、自身のキャリアの原点を笑顔でこう振り返る。
新卒で就職したのは、スポーツ用品メーカー。入社後2年は商品企画を担当し、その後赴任したアメリカでは、4年間スポーツマーケティングに携わった。帰国後は、興味を持ち始めていたアスリートのマネジメント関連の会社に転職。仕事を通じてサッカーの本田圭佑選手と出会うと、今度は本田選手の個人マネージャーを務めることになった。
もっとも、影響力の強いアスリートに関わる仕事だったとはいえ、この頃の神田氏にとってスポーツは、まだ「仕事」でしかなかった。
「本田選手が出場する試合以外は、1試合も見たことがないくらいでした。あくまで労働、仕事として捉えていました。だから、今のように『スポーツで世界を変えていきたい』といった考えは、この時点ではなかったです」
転機となったのは、本田選手が経営権を取得したオーストリアのプロサッカーチーム「SVホルン」の経営者を任されたときだ。実際に業務に取り組み始めると、チーム経営の面白さに目覚めた。
「自ら営業して集めた資金でチームを作り、ファン目線では味わえない面白さを初めて実感しました。その2年間では正直、経営面でもチームの競技成績でもうまくいかずに難しさも感じていましたが、チームを離れるときには、いつかまたクラブ経営をしたい、もしかしたら一生、スポーツに関わっていくのかなと思いました」
そんな心境の変化を経て2018年3月、縁あって当時B2で勝ち星を重ねていたライジングゼファー福岡の経営を委ねられることになる。ただ、試練の連続だった。シーズン途中でバトンを引き継いだチームはB1昇格を果たした一方で、経営は想像以上に厳しかった。翌シーズンにはチーム存続の危機に直面し、資金集めに奔走。地元企業の支援で危機は乗り越えたが、その責任を取って退任した。

「スポーツは生きる意味を与えるすごい仕事」
福岡での苦難は、神田社長のクラブ観を大きく変えた。
「そこで初めて、クラブは誰か特定の人のものじゃなく、公共財なんだということを実感しました。地域の人が支えてくれているから、選手はプレーできるし、私自身も給料をもらえる。最後に私自身が助けられたことで、スポーツは単なる仕事じゃなく、夢や生きがい、生きる意味を与えるすごい仕事なんだということが実感できました」
その後、熊本でのプロ野球独立リーグの経営を経て2024年6月、サンロッカーズ渋谷の社長に就任した。福岡での苦い経験からリーグ全体に迷惑をかけた罪悪感もあったが、それ以上にもう一度得たチャンスへの挑戦心が上回った。外から見れば「完成されたビッグクラブ」に映るサンロッカーズだったが、組織にはまだ伸びしろがあった。その状況もまた神田社長の気持ちを前向きにさせ、自身の経験を生かしながら、その改革に取り組んでいる。
昨シーズン、チームは90周年を迎え、今季からスタートするトップリーグ再編「B.PREMIER」に備え、このオフにはチームのリブランディングを敢行。東京サンロッカーズとしての準備を着々と進めている。

動画では以下のような話題について語っています。
- 本田圭佑選手とのエピソード
- クラブ経営の原点となったオーストリアでの経験
- サンロッカーズ渋谷社長就任の舞台裏とは?
- 「東京サンロッカーズ」としてのリブランディングへの着手
- チーム経営とチーム成績の相関性
数々のスポーツビジネス経験を通じて、満を持してBリーグの舞台に帰ってきた神田社長の26分に及ぶ動画を是非ご覧ください。後編はこちら。(7月10日取材)
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