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「映像を見たくもなかった」「これは無理だな、と」マツダスタジアムで23歳内野手と56歳打撃投手が語った“絶望”、そして“希望”とは?《連載:広島カープ「鼓動」》
たとえどんな状況であっても、スタンドに駆けつけてくれる人たちのために前へ進まなければならない。プロならば何をおいてもまず、その人たちの希望にならなければならない。
新井貴浩とそんな話をしながら夏の朝を歩いた日から数週間が経っていた。季節が秋の入口にさしかかった木曜日、私は広島へ向かっていた。
では、希望とは何だろうか。
人は何にそれを感じるのだろうか。
西へ向かう車中、そんなことが頭に浮かんでいた。
おそらく余白のことだろうと見当はついていた。あと、どれくらいの時間が残されているか。自分の中に見出すにしても、他の誰かに見出すにしても、人間はそこに未来や可能性を発見して、あるいは発見したつもりになって、明日へ向かう動力とするものだからだ。
ただ一方で、年齢的に若くても、なぜか未来を感じさせない者はいる。逆に業界内でオールドマンと呼ばれる者に希望を託すことができる場合もある。そう考えると、一概に余白の分だけ――とは言い切れないのかもしれない。そんな風に思考を行ったり来たりさせているうちに、新幹線は新大阪を越えて岡山を過ぎ、広島駅のホームへと滑り込んでいた。
駅の南口から通称カープロードと呼ばれる一本道を歩く。平日の午前中、人通りはまばらだったが、それでも沿道に並んだ選手たちの写真にカメラを向ける人を何人か見た。
彼は今、「カープの希望」と呼ばれている
マツダスタジアムに着くと、もう佐々木泰は来ていた。
23歳の内野手。
彼は今、「カープの希望」と呼ばれている。ドラフト1位で入団した才能と若さ、そして大きなスイングアークには、人々に輝かしい未来を夢見させるものがある。球団がグラウンド外の醜聞に揺れるシーズンを過ごしているだけに、尚のことかもしれない。
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