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「山本由伸ぐらいの奪三振率があれば…」黒田博樹がMLBで直面したホームランの壁と“打たせて取る”への変化「…考えると、怖いですよね」
18年前の春、不思議な縁に恵まれた。男はその夜、米国南東部のアトランタに遠征中だった。郊外にあるバーを訪れると、当時すでに邦楽界を席巻していたEXILEのATSUSHIに出くわしたのだ。6学年下のボーカリストは驚くほどに気さくで、初対面の2人は相席することになった。
決死の覚悟で太平洋を渡った右腕と、日本の音楽界を背負うアーティスト。日々プレッシャーと戦う2人はたちまち意気投合した。酒が進み、話題は自然に「職場」へと移った。メジャーリーガーとはどれぐらい凄いのか。そんな質問をぶつけられ、男は思わず本音を吐露した。
「あいつら、バケモンです」――。
黒田博樹は2008年春、33歳でメジャー1年目に挑んでいた。広島カープを11年間支え抜いたあと、'07年オフにドジャースと3年契約を結んだ。苦労はハナから織り込み済みだった。だが、メジャーリーガーのパワーは想定を超えていた。
「日本のセオリーが全く通用しなかった」
その年の2月、ドジャースはフロリダ州のベロビーチでキャンプインした。実戦が始まり大飛球を目にするたびに、男はマインドチェンジを余儀なくされた。
「日本人の選手と違って、アメリカでは逆方向にホームランを打てる選手が多い。『ホームランを打たれたくない時はアウトコース低めに投げなさい』という日本のセオリーが全く通用しなかったんです」
広島で大黒柱を務め上げていた頃、被本塁打は痛恨の象徴だった。
「日本では特にエースという立場だと力でねじ伏せないといけない。中6日のローテであればエース級の投手と当たり続けるので、1本のホームランが命取りになる。でも、日本とアメリカではホームランに対する考え方が全く違いました」
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