記事を
ブックマークする
「私の判定で、選手の人生が変わるかもしれない」プロ野球公式記録員・山本勉、記録の「番人」として36年積み重ねた“1473試合”の矜持
初めて「記録の番人」から話しかけられた時、思わず拍子抜けした。
「愛媛の湯之谷温泉、いいお湯ですか。母を連れて行こうと思っているんです」
もう10年以上も前の話だ。日本野球機構(NPB)の公式記録員は多くの球場において、野球記者と同じところで試合を見る。当時、スポーツ新聞の記者だった私の隣には、よく彼らの姿があった。
試合はふたりで担当する。メーンの記録員はスコアカードに記録を書き、サブの記録員はデータを入力する。黙々とスコアをつけ、ヒットかエラーか、素早く判定を下す。裁く人である。番人はどんな世界でもいかめしく映り、公正を保つべく、冷徹さと厳格さに貫かれている。
だから、慌ただしくない試合前とはいえ、球場で「温泉」という言葉を投げかけられた時、意表を突かれた。
確かに私は愛媛の温泉のことを記事で書いたことがあった。そのことを憶えていた公式記録員に声をかけられたのだ。
故郷は愛媛だという。その日から、そのベテラン記録員、山本勉と話すようになった。ある時、野球における記録の意味を訊いた。するとこう返ってきた。
「野球は数字で語られるスポーツだと思います。メジャーリーグの大谷翔平選手は二刀流でベーブ・ルースの記録が引き合いに出されました。過去の数字と比較して、初めてそのスゴさがわかります。記録は現役を終えた時、その選手の名刺のようになるものだと私は思っています」
金田正一の400勝。王貞治の868本塁打。張本勲の3085安打。日本プロ野球に刻まれた金字塔の背後にある、記録員のささやかな自負が伝わってきた。
「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています