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【なでしこジャパン】マンC・長谷川唯が語る“移籍の舞台裏”と“悲願の金メダル”「考えてプレーすることに関しては誰にも負けない自信がある」

2024/07/13
なでしこジャパンの絶対的な司令塔・長谷川唯
体の小ささなどものともせず、世界のトップクラブでピッチの中央に君臨する。3大会ぶりのメダル獲得を目指すなでしこジャパンの絶対的な司令塔が、己のスタイルとパリ五輪への抱負を語った。(原題:[パリへの決意]8 長谷川唯「考える力は誰にも負けない」)

 長谷川唯は「考えるフットボーラー」だ。

「プレーの一つ一つ、すべてに意思を持ってやっています。考えてプレーすることに関しては誰にも負けない自信があります」

 よどみのない口調とキリッとした表情。ミッドフィルダーとして世界最高峰の領域に足を踏み入れている選手ならではの矜持が伝わってくる。

「ポジショニング、キックの種類、強弱、次の人に何をしてほしいか。守備なら相手の意図、自分の動きに対する相手の反応の予測。味方選手もそれぞれスタイルが違う。たくさん考えてプレーに意思を込めているから、試合後も簡単に説明できます」

 長谷川の辞書に「漫然」の文字はない。だから意思決定が速い。洋服や食事のメニューを選ぶのも即決。そして、即断ぶりがとりわけ顕著に表れるのは移籍の局面だ。

「小学生の頃はアメリカが強かったので、『アメリカに行きたい』と作文に書いていました。中学生になると欧州でプレーしたいという希望を持つようになりました」

Getty Images
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高校1年で「通用する」とつかんだ手ごたえ。

 欧州移籍を見据えるようになったのは、日テレ・ベレーザ(現日テレ・東京ヴェルディベレーザ)でプレーし始めた高校1年の時に、ドイツのクラブの練習に参加したことがきっかけだった。

 身長157cmとなでしこジャパンで最も小柄なうえに、当時はまだフィジカルもさほど強くなかったが、それでも「通用する」と手ごたえをつかみ、欧州挑戦に傾きかけた。その時は指導者から「まだ海外に行くタイミングではない」とアドバイスを受けてベレーザに残ったが、ドイツへの思いは消えず、大学ではドイツ語も学んだ。

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photograph by Kentaro Miyazaki

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