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「シン・ゴジラなら第一形態」中日ファンの作家・奥田英朗がエスコンフィールドを探訪す「野球も観られる縁日だったのか」

2023/06/05

 風薫る五月の日曜日、エスコンフィールドに行ってきた。

 前回、北海道でプロ野球観戦をしたのは、二〇〇六年十月のファイターズ対ドラゴンズの日本シリーズ。ファイターズが北海道に本拠地を移して三年目のことだった。中日ファンのわたしは、スタンドを埋め尽くした道産子たちの熱過ぎる応援にたじろぎ、「こりゃ負けるわ」と早々に戦意喪失したことを今も鮮明に憶えている。わたしはそのときの模様を、ナンバーの観戦記に「最強の初恋カップル」と書いた。北海道にとってファイターズは待ちに待ったフランチャイズ球団で、初めて現れた恋人だったのである。そりゃあ燃え上がるだろう。

 で、あの日本一から十七年。さらには北海道に移転して二十年目。どうやら道産子とファイターズの夫婦仲は今もよろしいようである。たびたびリーグ優勝を遂げ、大谷翔平という鉄腕アトムを産む僥倖に巡り合い、さらには念願のマイホームまで建ててしまわれた。それも開閉式屋根の新球場というではないか。プロ野球ファンとして、これはお祝いに駆け付けねばなるまい。お宅拝見。人の家を見せてもらうのは、すぐれた娯楽である。

 新千歳空港からJRで北広島駅に到着し、まずは静かなことに拍子抜けした。人が少ないのである。わたしが知る駅と球場間のディスタンスは、水道橋と東京ドームにせよ、外苑前と神宮球場にせよ、雑踏そのものである。賑やかに会話が飛び交い、笑顔のパレードが球場まで続く。しかし、ここ北広島駅周辺にその高揚感はない。ひばり高啼く青空の下、まるでハイキングコースを歩くが如くゆるゆる進む善男善女という光景は、まあ田舎らしいといえばその通りで、やはり土地の確保が最大の難関であったことは想像に難くない。首都圏など新球場を建設する候補地はまずないだろう。札幌近郊でも難しかったのだ。

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photograph by Kiichi Matsumoto

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