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元広島カープ選手が“町役場で勤務”の今…25年前、福岡の進学校・東筑から異例の高卒ドラフト指名「同志社大に進む話あった」進路決断ウラ側 

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井上幸太

井上幸太Kota Inoue

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posted2026/11/05 06:00

元広島カープ選手が“町役場で勤務”の今…25年前、福岡の進学校・東筑から異例の高卒ドラフト指名「同志社大に進む話あった」進路決断ウラ側<Number Web> photograph by JIJI PRESS

2001年ドラフト会議で広島カープから5位指名を受けてプロ入りした山本翔

「自分は同志社に進む話がありました。当時の同志社の監督さんからも熱心に誘っていただいて。母は『大学に行ってからでもいいんじゃない?』。父は『お前の人生なんだから好きにしたらいい』。自分としては、なれるものなら早くプロになりたかった。なので、高校からプロに行くと決めました。

 3年夏の大会が終わった後に(大学受験向けの)模試がありました。もうプロに行くと決めていたんで、『先生、僕、プロ野球選手になるんで、模試受けなくてもいいですか?』と聞いたんです。いやあ、めちゃくちゃ怒られましたね。『いいわけないだろ』って」

 ドラフト指名された日のことも覚えていた。

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「同級生も周りも、みんな喜んでくれましたね」

現役引退、保険営業マンを経て…

 山本は広島で9年プレーし、2010年に戦力外通告を受けて現役引退。一軍出場こそ果たせなかったが、熾烈な競争社会で10年近く生き延びた。

 引退後は職員として球団に残る話もあったが、「野球以外の世界を知りたい。そこで通用するか挑戦したい」と、外資系保険会社の営業マンに転身。営業成績優秀者として社内表彰されるなど、結果を残した。余談だが、同時期に同じ保険会社で表彰常連だったのが、現在は大阪学院大高で監督を務める辻盛英一だった。

 プロ野球選手時代、引退後の就職活動、社会人生活の中で、「大学に行った方がよかった」と後悔した瞬間はなかったか。「特になかったですね」と山本は即答した。が、現役生活中に大学進学を考えたことがあった。

「入団して2年が経ったぐらいから、色々と周りが見えるようになりましたし、2年目が終わったときに、二軍バッテリーコーチで『絶対一人前にしちゃる!』と言ってくださっていた片岡(新之介)さんが退団されたんです。さらに、同じポジションの白濱(裕太)が入ったり。向こうは甲子園で活躍したドラフト1位。そのころから『いつ終わってもおかしくないな』と覚悟して、25歳までにクビになったら、大学に行こうと考えていました」

 目をかけてくれたコーチが退団し、同じポジションにホープが入団。プロの水に慣れて視野が広がり、自分の立ち位置を察した。

「でも、25歳のときに結婚したんですね。もう自分のことだけ考えている場合じゃなくなった。現役引退が20代後半だったので、そこから大学に行き直そうとはならなかったですね」

 山本の現役引退から16年後、東筑から再び“高卒プロ志望”の選手が現れることになる。

<つづく>

#2に続く
ドラフトウラ話「じつは名門大学に学業成績で進学できた」東筑からソフトバンク育成15位指名…平山護が明かした高卒プロ入りの真意「勉強はいつでもできる」

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