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「自分だったら…」拓殖大・馬淵烈監督が明かした、大バッシングを浴びた父・馬淵史郎監督「松井秀喜5連続敬遠」への本音
text by

中村計Kei Nakamura
photograph by馬淵烈さん提供
posted2026/09/23 17:03
孫の遼正(りょうま)くんを抱き笑顔の明徳義塾高校・馬淵史郎監督(右)。息子で拓殖大の馬淵烈監督(左)は、侍ジャパンU-18 代表を率いた父の応援にも駆け付けた
9月9日、烈にとって13シーズン目となる戦いが始まった。
烈は指導者になってからというもの頻繁に史郎と連絡を取り合うようになったそうだ。
「しょっちゅう電話しますよ。月に10回はするんじゃないですか。リーグ戦に入ったら、試合があった日は必ず連絡しますし。嫁に笑われるんですよ。あんた、いつもお父さんと電話してるな、って。普通の家庭はそんなに連絡とったりはしませんか?」
「真似したわけではないんですけどね」
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かつては正反対に見えた2人だが、今やもっとも言葉が通じ合う戦友となっている。
烈は2年前の春にユニフォームを紺のストライプ柄のものに一新した。その柄は明徳とそっくりだが、何度指摘しても「真似したわけではないんですけどね」と反論する。
「拓殖大のチームカラーがオレンジなんですけど、オレンジを使うのって、けっこう難しいんですよ。間違えると、草野球のユニフォームみたいになっちゃう。だから縦縞がいいなと思って。ただ、黒は亜細亜、青は立正というイメージがあるから、紺かなと。それでいろいろサンプルを持ってきてもらったんですけど、ラインとラインの間隔が開きすぎてもカッコよくない。結局、いちばん落ち着くデザインにしたら、ああなったんです。別に明徳のユニフォームに寄せにいったわけではないんですよ」
これだけ似ていて意識したわけではないという論法はどうやったって成り立たないだろうと思ったが、その弁明こそが今の史郎と烈の関係そのものでもあるように思えた。
気づいたら、そっくりだった――。
お昼過ぎにインタビューが終わると、烈は威勢よく言った。
「メシ、行きましょ!」
瞬間、またしても史郎の姿が重なった。同じような状況になったとき、同じような言葉をかけられたことが何度もあった。
カラッとした温かさまで同じだった。


