博多の人・王貞治BACK NUMBER
「出て来て謝れ!」「辞めろ!」王貞治に投げつけられた“生卵”…球史に残る大事件はこうして起きた「すごい屈辱ですよ、世界の王に対して」
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph bySankei Shimbun
posted2026/07/10 11:05
球団史に残る悪夢の事件。1996年5月9日の日生球場で、最下位に低迷する王ダイエーのバスをファンが取り囲み、生卵を……
「何をされるか分からない、っていう怖さがある。石とか投げるヤツがいて、王さんに当たったりとかしたら、もうそれはおおごとやからね」
瀬戸山は、王の背後にピッタリと付き、先導する管理部長とともに、王の前後をガードしながら、センター後方に移動していたバスへ急いで乗り込んだ。
バスが移動したのを察知した多くのファンが、センター方向へと集まって来た。
フロントガラスに投げつけられたもの
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「うわーっと、一斉に……やったね」
瀬戸山が、はっと気づいたのは、四方八方から飛んでくる「生卵」だった。
ぐちゃ。ばしっ。ぐちゃ。
バスの出入り口側、入ってすぐの左側の席が王の指定席。瀬戸山が運転席のすぐ後ろ、通路を挟んで王の反対側サイドに座るのが常だった。
バスのフロントガラスに、ひしゃげた卵がへばりついていた。
心ない罵声はいつまでも止まらず、バスの車内まで聞こえてくる。
グリーンのグラウンドコートに身を包んだ王は、身じろぎもせず、いつものように背筋をまっすぐに立て、静かに席に座っていたという。
「やっぱり、あれは……。すごい屈辱ですよ、世界の王に対して」
そう振り返った瀬戸山は、あまりの群衆に出発をためらう運転手に、思わず怒鳴った。
「もう、何でもええ。轢いてもええ。俺が責任取るから」
言っていることが支離滅裂、無茶苦茶な要求をしているのは分かっていた。それでも、とにかく、ここからはどんなことをしても、離れなければならない。バスが停まった道の隙間は、人がせいぜい一人、ぎりぎり通れる幅に過ぎない。しかし、そのわずかなスペースにすらもファンが殺到したため、バスが全く身動きできない状態になっていた。

