博多の人・王貞治BACK NUMBER
「出て来て謝れ!」「辞めろ!」王貞治に投げつけられた“生卵”…球史に残る大事件はこうして起きた「すごい屈辱ですよ、世界の王に対して」
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喜瀬雅則Masanori Kise
photograph bySankei Shimbun
posted2026/07/10 11:05
球団史に残る悪夢の事件。1996年5月9日の日生球場で、最下位に低迷する王ダイエーのバスをファンが取り囲み、生卵を……
「不穏な空気は、前の試合からありましたけどね。ああ、ヤバいなと」
2026年、ソフトバンク1軍監督として3年目のシーズンを迎えた小久保裕紀は、当時がプロ3年目。その前年の1995年、28本塁打を放って本塁打王に輝いた24歳の若き主砲は、9日の近鉄戦も「4番・二塁」でスタメン出場していたが4打数ノーヒット。グラウンドに立ちながら、イニングを追うごとにファンの“感情の圧”が高まっていくのを、ひしひしと感じていたという。
9回2死一塁、スコット・ライディの三振でゲームセット。その直後のグラウンドに、2本の発煙筒が投げ込まれた。興奮したファンがフェンスをよじ上ってグラウンドに下り、ダイエーナインのいる三塁側ベンチへ向かって突進しようとした。警備員たちが大慌てで取り押さえに走り、大立ち回りが繰り広げられるなど、グラウンド上は瞬く間に大混乱に陥った。
選手たちはロッカーで待機するも……
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身動きが取れないダイエー選手たちは、ベンチ裏のロッカーで15分、そのまま待機させられる羽目になった。もはや“2日前の惨劇”の再現は避けられない。
「こんなもん、いつまで待っていても、ファンは帰らないぞ」
そう判断した当時の球団代表・瀬戸山隆三は、左翼席横の“定位置”に停車していた2台のバスを、バックスクリーン裏へ移動してもらうよう、ホーム球団の近鉄側に要請した。球場の真ん中を突っ切っていけば、スタンドに残っているファンが、仮に物を投げたりしても選手には届かないだろうと考えた上で“緊急避難経路”を作り、球場を出たところからバスまでの動線をできるだけ短くしようとしたのだ。

