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「結果だけ見れば、理由は病気。でも…」久保建英らと代表でも活躍“消えた天才少年”はいま…サッカーを諦めた「その後」と気づいた「彼らとの本当の差」

posted2026/06/18 11:03

 
「結果だけ見れば、理由は病気。でも…」久保建英らと代表でも活躍“消えた天才少年”はいま…サッカーを諦めた「その後」と気づいた「彼らとの本当の差」<Number Web> photograph by Tomosuke Imai

久保建英や菅原由勢らとともにアンダー世代の日本代表で長らく活躍した桂陸人。25歳になった“消えた天才”はいま

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別府響

別府響Hibiki Beppu

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Tomosuke Imai

 サッカーの北中米W杯が6月11日に開幕した。14日に初戦を迎えた日本代表チームは、強豪クラブ所属の選手も多く「過去最強」とも言われている。一方で、そこにはたどり着けなかった多くの天才たちがいるのもまた、サッカー界の現実だ。果たして彼らはどんな思いでこのW杯を目にするのか。代表選手たちとアンダー世代で鎬を削った、ある天才サッカー選手の物語。《NumberWebインタビュー全3回の3回目/最初から読む》

 アンダー世代では久保建英らと切磋琢磨し、代表でも中心選手として活躍してきた桂陸人。大学進学後には腎臓の病との闘いにも打ち勝ち、ようやくプロチームとの契約直前までこぎつけていた。だが、入団前のメディカルチェックで医師の口から出たのは、「プロになるのは、やめた方がいいと思う」という衝撃的な言葉だった。

 桂は「まさか……と思いました。正直、全然予想していなかったので」と、当時の驚きを振り返る。

 メディカルチェックに引っかかったことで、日本でのプロ入りの可能性は、事実上潰えた。

海外クラブに活路も…納得できるオファーはナシ

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 そこで桂が次に考えたのは、海外という選択肢だった。現実的には海外でもメディカルチェックの必要性は変わらない以上、可能性が低いのは分かっていた。ただ、長年憧れ続けたプロの道を諦める前に、できることは全てやっておきたかった。

 代理人経由で自分のプレー動画を海外クラブにも売り込んでもらった。だが結果的に言えば、満足できるレベルのチームからのオファーはなかった。

「ヨーロッパ5部のチームや、シンガポールのチームからオファー自体はあったんです。でも、生活はできるかもしれないけれど自分がサッカーで目指していたのはそこじゃない。かといって、そこから“上”に上がれるイメージも持てませんでした」

 そこまでやって桂は「これだけやってダメなら――もうしょうがないのかな。もうやりきった。腹を括って、サッカーはここでやめよう」と決めたという。

「悔しかったですよ。悔しかったですけど、もう……どうしようもないですから。そこはもう、割り切るしかなかった」

 2022年の12月、大学4年生の冬。サッカーを本格的にはじめて、12年目のことだった。

【次ページ】 “社会”に触れて気付いた「サッカー経験の価値」

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