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「結果だけ見れば、理由は病気。でも…」久保建英らと代表でも活躍“消えた天才少年”はいま…サッカーを諦めた「その後」と気づいた「彼らとの本当の差」
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別府響Hibiki Beppu
photograph byTomosuke Imai
posted2026/06/18 11:03
久保建英や菅原由勢らとともにアンダー世代の日本代表で長らく活躍した桂陸人。25歳になった“消えた天才”はいま
他にも、今回のW杯メンバーにも選ばれた菅原由勢には、プレー以外の立ち回りで驚いたという。
「アンダー世代の代表って、U-14とかから始まるんですけど、菅原は最初から選ばれていたわけではないんです。もちろん最初からずっと選ばれている選手もいて、僕も含めてなんとなく仲良くはなっちゃうんです。そうなると、合宿とかで食事の時とかも自然と常連組が固まってしまっていた」
当然、新招集の選手たちは入っていきにくい雰囲気がある。だが、菅原は「初招集なのに、ナゼか普通にその常連組の中に座っていた」のだという。
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「正直、当時はものすごくプレーが突出していたワケでもないのに、知らぬ間に溶け込んでいた。そういう自然体のコミュニケーション能力がものすごく優れていた印象があります。その上で、コミュニケーションを取れないと試合で活躍できないということを、14歳の頃からもう理解していたのがスゴいと思うんです」
「史上最強」とも言われる北中米W杯の日本代表チーム。そこには、久保、菅原だけでなく中村敬斗、瀬古歩夢ら桂と同世代で親交のある選手も多く参加する。
そのピッチに立てなかった男は、どんな想いでその試合を見るのだろうか?
そんなことを尋ねると、桂はカラカラとこんな言葉を返した。
「去年の親善試合のブラジル戦を見に行ったときは、ピッチにいないことがちょっと悔しくなりましたけどね。でもW杯はテレビで見るだけで、現地に行くワケじゃないんで。実は就職活動をしていた時には東京の森保(一)監督の家に居候させてもらっていたこともあったんです。三男の陸が小学校からの同級生で、今も仲が良いこともあったので。そんな経緯もあって、もう一ファンの目線ですよ。本当にみんな――頑張ってほしい」
そう言って、「意外と僕、切り替えるのが上手いんですよ」と笑った。
25歳になった“消えた天才”の胸中
プロには、なれなかった。でも、ビジネスの世界で評価され、今まさに走りはじめた最中だ。小さなコンプレックスこそあれ、「サッカー選手」はもう過去のこと。桂の努めて軽い口調は、そんな主張をしているようだった。
ただ、その言葉を額面通りに受け取るには、25歳という年齢はまだ若すぎるようにも思えた。
2年前の2024年2月。桂がユース時代を過ごしたサンフレッチェ広島の新ホームスタジアム「エディオンピースウイング広島」が開業した。もし、病がなければ――163cmのスピードスターは、その美しい芝生の上に立っていた可能性は高い。
桂はまだ、そのスタジアムに足を運ぶことができていない。

