サッカー日本代表PRESSBACK NUMBER
久保建英らと日本代表で活躍、18歳で“日本一の10番”に…なぜプロになれなかった?「広島の天才サッカー少年」が明かしたその「意外なワケ」
posted2026/06/18 11:01
アンダー世代ではW杯代表である久保建英や菅原由勢らとともに長らく活躍した桂陸人。なぜ“広島の天才FW”はプロになれなかったのか
text by

別府響Hibiki Beppu
photograph by
AFLO
「去年10月のブラジル戦、東京スタジアムに見に行ったんですよ。で、試合のあとに嬉しい気持ちと一緒に、悔しい気持ちがめちゃくちゃ溢れてきて……泣きそうになっちゃって」
25歳になった桂陸人は、日本サッカー界の“歴史的な勝利”となった昨年の一戦の喧騒を、そんな風に振り返った。
「もしかしたら、自分もあの場所にいたかもしれない」
ADVERTISEMENT
一度は蓋をしたそんな気持ちが、目の前の熱気に燻されて、突然吹き出そうとしていた。
高校年代で日本一、代表でも主力…なぜプロになれなかった?
桂は、小柄ながら圧倒的なスピードとアジリティを武器に、常に世代の先頭を走ってきた選手だった。U18までのアンダー世代では、全世代での日本代表に選出。所属していた広島ユースでも、高校1年次から試合で活躍した。3年次の2018年には、2種登録ながらトップチームの試合も経験。高校年代の日本一を決める高円宮杯では、背番号10を背負って日本の頂点も経験した。
だが、そんな“不世出の天才”の順風満帆なサッカー人生はその後、予想外の軌跡を辿ることになる。
桂が本格的にサッカーをはじめたのは、小学校4年生の時だった。
「たまたま地元・広島の隣町に広島高陽FCという強豪クラブがあって。高陽FCは地元のいくつかの小学校から選手を選抜する形でメンバーを集めているんですが、仲の良い友達の紹介で運よくそこの選抜チームに入れてもらったんです。そうしたら、自分の小学校では上手い方だったのに、もっと全然、うまい選手がたくさんいて」
それまでは姉がやっていたフィギュアスケートや、器械体操など、さまざまなスポーツを楽しんでいたという。だが、高陽FCで高いレベルのチームの雰囲気に触れたことが、サッカー一本に集中しようと思うきっかけになった。

