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「結果だけ見れば、理由は病気。でも…」久保建英らと代表でも活躍“消えた天才少年”はいま…サッカーを諦めた「その後」と気づいた「彼らとの本当の差」
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別府響Hibiki Beppu
photograph byTomosuke Imai
posted2026/06/18 11:03
久保建英や菅原由勢らとともにアンダー世代の日本代表で長らく活躍した桂陸人。25歳になった“消えた天才”はいま
結果的に翌年、桂は就職人気ランキングの常連に名を連ねるような総合商社を複数含む、多くの大企業から評価され、内定を得た。
一方で、その頃には代表やプロのクラブですでに活躍しはじめていた過去のライバルたちへの小さな「コンプレックス」も抱えていたという。
「彼らと別のフィールドを選んだ以上、分野こそ違えど彼らと同じくらいの活躍がしたいという気持ちはすごく強かったんです。もちろん大きな企業のサラリーマンとして活躍するのもすごく魅力はある。でも、彼らと比べてみるならば、いずれは自分の力で起業なりして身を立てたいな……と思いました」
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結局、桂はその信念通りに2024年にリクルートに入社した。周知のように、同社は社員の起業を推奨している珍しい企業だ。社風にも乗って昨年には社を離れて起業し、現在は社長としてサッカーを軸にして様々なビジネスを行うべく、日々奔走している。
今も活躍する選手たちとの“差”はどこに?
サッカーという特殊な世界を離れ、就職活動やビジネスという一般社会を経験したことで、逆に桂には今も代表や世界で活躍するような選手たちと自分の「差」も感じるようになったという。
「もちろん、結果だけ見れば僕がプロになれなかったのは病気のせいです。だけどそこに至るまでのプロセスにも彼らとは結構、差があったのかなぁと思うようになって」
その理由を、桂はこう説明する。
「例えばもし僕が日本代表やW杯、ビッグクラブで活躍する……みたいなビジョンが明確で、そのゴールに向けて逆算した思考ができていれば、多分、高校の時になんとしてでもプロに行っていたと思うんですよ。
仮にそうしていたら、プロに入った後に病気になっていたとしても、プロの立場で治療を受けられる。もちろんそこから先はどうなったかは分からないですけど、何か違う道が見えていたのかもしれない。今も活躍している選手のみんなは、そういう『目標を定めて、そこから逆算して必要なことを積み上げる』という能力が物凄く優れていた」
同世代の選手については、記憶に残るエピソードには事欠かないという。
「14歳の時のU-15日本代表合宿に、スペインから飛び級で13歳の久保が来たんです。その練習の時に、パスが要求していたところとちょっとズレて。そしたら久保が『敵が右から寄せてきているんだから、左足に出さないとダメでしょ』って。
正直その時は『うるせぇやつが入ってきたな』くらいに思っていたんです。でも、今振り返るとそういう細部なんですよね。そこにいる選手はみんな、感覚でわかってはいる。わかってはいるけど、言語化できていない。そこをどうやって詰めるのか。いかに口に出して説明して、要求するのか。世界で活躍するなら、そこまで詰めないとダメなんだという解像度が当時から全然、違いました」

