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「人生一番の挫折」“Jリーグ出場ほぼゼロ”から4年でW杯日本代表に急成長のナゼ「DFで10番のプレーしろ」鈴木淳之介恩師と本人が明かす最新型センス
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佐藤景Kei Sato
photograph byEtsuo Hara/Getty Images
posted2026/06/13 17:02
2023年、湘南時代の鈴木淳之介と山口智監督。Jリーグの舞台でつかんだ飛躍のきっかけとは
不慣れなポジションでもプレーし始めた淳之介に転機が訪れたのは、2024年6月のこと。それまでチームで3バックの主軸を担っていた大岩一貴、キム・ミンテ、大野和成らが相次いで負傷離脱し、主力センターバックの頭数が足りなくなった。そこで山口監督は温めていたカードを切る。3バックの中央、リベロの位置で淳之介を起用したのだ。J1第17節のガンバ大阪戦だった。
「後ろで使うことは、実は2年前から考えていました」
山口氏が明かす。
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「ジュンは中盤で難しさを感じて、頭打ちになっていたところがありました。もっと視野を広くして持っているものを出してほしいとずっと思っていたんです。自分の中には、あいつの特徴を最大限に生かすなら『ここだ』という確信がありました」
後ろから8番や10番のプレーをしてほしい
このとき、指揮官は「後ろから8番や10番のプレーをしてほしい」と考えていたという。それが現代のセンターバックに求められる資質であり、淳之介にはその素養があると見抜いていた。
中学・高校と次第にポジションを下げた淳之介は、プロの世界に入ると、ついに最終ラインにプレーエリアを下げることになった。ただ、指揮官は本来持っていたその「攻撃的感性」に制限をかけなかった。むしろそれを積極的に発揮することを求めた。
そして淳之介本人は当時、山口氏にかけられた言葉を今も胸に刻んでいる。
「プロ3年目でちょっと出番をつかみかけていたときでした。『最近、安牌なプレーばっかりしてないか』、『お前が逃げていたらこのポジション、誰が出ても変わんないぞ』と言われて、ハッとしました。自分のやるべきプレーと何が求められているかが、そこではっきりしたんです」
吉田麻也も「最新型」と語るほど
不慣れなポジションであれば、当然、ミスを恐れるものだ。淳之介もコンバート直後は、どこかでプレーが消極的になっていた。だから山口氏は発破をかけた。
「ミスをして失点することも含めてのプロセスですし、ジュンには、それを乗り越えるだけの『図太さ』がありました。本人は焦っていると口では言うけど、ピッチ上ではいつも淡々としている。そういう素振りを一切見せない強さが、あいつの武器なんですよ」
指揮官の考えを汲み取り、自らの持ち味を自覚した淳之介は、やがてピッチで、その特長をはっきりと示すようになっていく。

