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「岐阜の天才少年」が10年後、日本代表ブラジル撃破の立役者→W杯へ…22歳DFと恩師が明かす“まさかの連続”「4歳時、兄が練習中もずっとボールを」
posted2026/06/13 17:00
22歳で初のW杯に臨む鈴木淳之介。本人や恩師の言葉から知る、急成長のプロセスとは
text by

佐藤景Kei Sato
photograph by
Kiichi Matsumoto
初代表から1年でW杯…「まさか」の連続だった
「ここまで来るとは思っていなかったですし、また海外に行くとも思っていなかった。まさか自分がここまで来れているとは、想像もできなかったです」
FCコペンハーゲンでの1シーズン目を終え、北中米ワールドカップに向けた代表活動のスタート直前、羽田空港に降り立った鈴木淳之介は、詰めかけた報道陣を前に、静かに、しかし噛み締めるように語った。
およそ1年前の2025年6月。すでにワールドカップ本大会への切符を手にし、言わば消化試合となったアジア最終予選のスカッドに、その名は初めて刻まれた。日本代表への初招集から今日に至るまでの歩みは、本人が口にした通り、まさに「まさか」の連続だったと言っていい。
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昨夏に主戦場をヨーロッパへ移すと、クラブシーンの最高峰であるUEFAチャンピオンズリーグのピッチに立ち、シーズン終了後にはチームの年間MVPを受賞。そして、日本代表では北中米ワールドカップ・メンバーの座を射止めた。
傍目には、驚くべきスピードで頂へと昇り詰めたサクセスストーリーに見えるかもしれない。だが、その足跡を丹念に辿り直してみれば、現在の成功へと繋がる萌芽は、決して光の当たる場所ばかりに育まれたわけではなかった。
岐阜で注目を集めた少年時代、壁にぶつかった中学・高校時代、そして実力を発揮できずにもがき苦しみ、ようやく自らの居場所を見出した湘南ベルマーレ時代。その時々に立ちはだかる困難を、その都度、真っ向から受け入れ、自らの糧とすることで一歩ずつ前進してきた。
4歳時、兄が練習している横でボールを蹴っていた
ここに紹介するのは、〈現代型の守備者〉をピッチで体現する、若き日本代表が誕生するまでのプロセスだ。
鈴木淳之介は、一日にして成らず――。
本人と関係者の証言から浮かび上がったのは、彗星のごとく現れた新星という言葉では片付けられない、長い雌伏の時間を一途に積み重ね、自らの手で手繰り寄せた必然の物語である。

